2005.01.20

エアチェック

 最近は誰でも簡単に高音質のCDをコンピュータに落としたりすることが可能になったため、コピーコントロールのCDが出たり、それに反発するユーザーやミュージシャンが出たりと、音楽の複製に関しては様々な問題が起こっているように見える。ちょっと前にナップスターの問題もあった。
 しかし、我々オジサン世代の若い頃、それも昭和50年代終わり頃までは、音楽の複製というのはいまよりもっと盛んだったような気がする。まずは音源がレコード(買ったものかレンタルレコード)で、ダビング先がカセットテープだった。レコードはちょっとのホコリで雑音が入ったり、音源に傷がつきやすいなど不安定だったし、カセットテープもダイナミックレンジが狭いなど、多少の制約はあった。現在手軽に複製できるMDやCDと比べると、技術的に音質は遥かに及ばないのだが、一般リスナーにとっては、さして気になる差ではなかった。自分で編集したテープを人に聞かせることはあったとしても、「個人で楽しむ以外に他人に複製してばらまく」ということはあまりなかったと思う。
 その他に特殊な複製パターンは、エアチェックというものだった。現在でこそAMラジオはステレオになっているし、FM局が多数あるが、当時はそのような環境ではなく、音楽をまともに聞けるのは、関東ではNHK-FMと、FM東京だけであった。そのため、FMの番組表や音楽情報が網羅された「FMステーション」や「FMfan」などといった、FMエアチェック専門誌がかなりの読者をつかんでおり、その番組表に基づいて保存したい局をラジカセやコンポで録音するという文化があった。番組ごとタイマーで予約録音するか、その曲に合わせて録音ボタンを押すといったテクニックを使うかしてリスナーは思い思いに曲を複製できた。ちょっと手間はかかるが、リスナーはミュージシャンや作曲家に1円も払うことなく、音楽を楽しむことができたのだ。
 昨今の音楽不況は、コンピュータの発達により人々が音源を買わなくなったからだ、という批判からコピーコントロールCDは出来たようだが、複製のたやすさという意味では、レコードとエアチェックの時代だって、かなり自由なものだった。昔も今も音楽が好きな人なら、欲しい曲はお金を出して買う。はっきり言ってCDが売れないのは、誰もがいいと思えるソフトがないだけなのではないだろうか。

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2004.03.17

コサキンの思ひ出

 コサキンと言えばご存知のとおり、小堺一機氏と関根勤氏がパーソナリティをつとめるTBSの超長寿深夜ラジオ番組だ。私は中学校〜高校までよく受験勉強の後聞いていたものだが、あれだけパワーのあった番組が今でも人気番組として続いているのは驚きだ。仕事で朝が早い今は、ほとんど聞く事がなくなったが、あいかわらず、面白い番組が続いているらしい。
 番組の開始は1981年。今から20年以上も前である。故松宮一彦氏の番組のピンチヒッターとして二人が起用されたのがきっかけであった。二人は今でこそテレビ界の大御所であるが、当時欽ドコの黒子とグレ子で人気はあったものの、まだ若手の芸人であった。しかし小堺氏の懐の深い進行と、関根氏の異常な笑いの世界が多くのリスナーの個性あふれるはがきを呼び、深夜番組最大の番組に成長した。当時としてはショッキングな「意味ねぇ」笑いと「似てねぇ」物まねと、恥ずかしい「コサキンソング」の世界に、深夜の勉強机や布団の中で、息をひそめて笑ったものだ。
 番組の人気の拡大とともに、当初のコアな笑いは一般的な笑いに変質してきたが、その頃テレビタレントとして急成長し、次々とレギュラー番組を増やしていた二人を応援しながら、関根氏の本当の笑いを理解する者だけが共有できるマニアな世界が、リスナー間の妙な一体感を生んでいた。当時の大物はがき職人の方々は、今ではテレビ界でも売れっ子の放送作家になっている。
 噂に聞くと、超伝説的長寿番組である、TBS「秋山ちえ子の談話室」は終わってしまった(日曜に移動?)らしいので、これからラジオ界の歴史を作るのは、このお二人かもしれない。
 昔の受験生は深夜ラジオを聞く人も多かったが、最近は仕事をしている人や車を運転している人を除いて、若人たちはあまりラジオを聞かないのだろうか。オジサンも聞いていないけど。

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