2005.07.06

イギリスの旅〜フィナーレ

1993年11月9日
 今日でイギリス旅行も終わり。日本だと11月初旬はまだ温かいが、イギリスはもう本当に秋だった。ただ最後のロンドンは少し暑かったけど。
 地下鉄を乗り継いで、ロンドンのヒースロー空港へ向かう。途中駅のポスターで、NHKの深夜にやっている(当時)Mr.ビーンが、ローワンアトキンソンという役者だと知った。(今では誰でも知っている)
 イギリスは入国審査が厳しいと聞いていてそれほどでもなかったが、帰りの空港のセキュリティは少し厳しかったようだ。私のぼろぼろのバックパックを見て、係員が中身を全部開けて調べることになった。「とりあえず中身は調べとくから、出国審査に進んで」という流れになったので、荷物は放置して飛行機に乗ることにする。結局荷物は日本に着いたが。
 イギリス旅行は、生まれてはじめてひとりで何かを成し遂げた感のある旅だった。静か〜に「ひとり」を感じられる充足感に満たされていた。見るも感じるもの全てが自分の栄養となっていくのを感じた。最初の友人とのアメリカ旅行、そしてイギリスひとり旅。私はこれからすっかり海外旅行にハマっていくのである。

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2005.06.29

ロンドン塔へ

1993年11月8日
 今日もワンデイトラベルカードを買って地下鉄でロンドン市内を周遊。
 先日時間切れで入れなかったロンドン塔に行くことにする。乗る路線と乗り換えポイントを間違えてAldgate Eastという駅に行ってしまったので、ホームのベンチで折り返しの電車を待っていた。すると隣に座ったエキゾチックな顔立ちの若い女性が声をかけてきた。と言っても英語である。最初はよくわからなかった。聞くと、どうやらアジア方面からの留学生らしい。淋しくて同じアジア系の私に声をかけたのだろうか。エキゾチックな顔立ちから、東南アジア系と思われたが、断定できなかったので、「どこから来たの?」と聞いてみたが、「あててみて」という大人のパーティートークのような返答。結局香港から来たとのことだった。大都会で一人旅の男に声をかけてくる女性なんて怪しい人が多かったりするが(スリや詐欺など)、彼女とはそんな会話をしただけで、電車が来たら何事もなくそのまま別れた。本当に話がしたかっただけのようだ。
 ロンドン塔はご存知イギリス王室の血塗られた歴史の遺産である。夏目漱石の同名小説をガイドに見学したが、ほぼ当時の内容のままだったのには驚いた。
 昼間は街中へ買い物(土産など)に行く。ヴァージンメガストアで自作本のサイン会をするステータスクォーのメンバーを見た。
 マークスアンドスペンサーでお土産の紅茶を買い、喉が渇いたのでカップ入りフレッシュジュースも買う。
 夜はパブでビタービールをあおり、ケンタッキーで夜食というジャンキーな結末に。

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2005.06.26

公園と美術館

1993年11月7日
 今日は公園と美術館を周りのんびり過ごすことにする。地下鉄のワンデイトラベルカード(£2.60)を購入した。のんびりとはいいつつも、せわしなく動き回る悲しさ。
 ロンドンの公園はだだっぴろい芝生があるだけ、ただ空間があるだけ、というある意味贅沢なものが多い。日本の公園は自然のミニチュアという感じで山あり谷あり池あり、という大公園が多いが(ニューヨークのセントラルパークもそんな感じ?)、ここは単なる空間。芝生踏み放題。
 トラファルガー広場(鳩多数)へ行き、ナショナルギャラリーへ入る。オープン時間前で、入り口には行列が出来ていた。大英博物館がどうも倉庫のようで味気ないと思ったら、大多数の有名絵画はこちらに集められていたようだ。美術館内のカフェでサンドイッチとトマトジュースをいただき£2.65。
 次にロンドン動物園にも向かったが、学生料金で£5もしたので入らなかった。上野動物園クラスを想像していたのだが。
 晩飯はピザハットで。ちょっともの足りず、トマトジュースとミルクを買って来た。
 ロンドンへ来てから弱い頭痛が続く。栄養不足だろうか。

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2005.06.20

大英博物館で待ち合わせ

1993年11月6日
 今日は大英博物館に行く事にする。実は日本を出発するとき、大学の同級の友人Oが同時期にロンドンに行く、と聞いていたので、11月6日に大英博物館の前で待ち合わせることにした。
 海外で待ち合わせなんてかっこいいなぁ、などと思いつつ、待ち合わせ時間は夕方だったので、まずは博物館近くのパブで軽くビールを飲んでから博物館に入る。博物館の入り口には「鳥(ハトのこと)にエサを与えないで下さい」との表示。どこの国でもハトのフン害には困っているようで。
 博物館全体の印象(当時)は展示にも品がなく、悪く言ってしまうと大英帝国の盗品の倉庫という感じだった。夏休みに見たニューヨークのメトロポリタンとはエラい違いだ。一方入り口付近の図書館(当時は博物館と同居)には、ビートルズ直筆の歌詞など最近のものから、歴史的な書物まで、展示品は興奮する品々ばかりだった。ちなみに博物館の方の展示物の中身も人類にとって重要なものばかりであるが。
 博物館はそれほど盛り上がれなかったので、時間つぶしにパンク発祥の地と言われるキングスロードにも言ってみた。当然70年代のようなパンク野郎などいるわけもなく、フツーのショッピング街だった。
 また博物館に戻り、Oの到着を待つ。30分ほど待ったが来る気配がないので、「日付を一日間違えたかな」と思い、出直すことにした。後で聞くと、ロンドンでミュージカルを興奮して見まくっていたため、約束を忘れていたという。
 夜はフィッシュ&チップス。店員に「オープンオアクローズ?」と聞かれたが、どんな意味だかわからない。

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2005.06.16

いよいよロンドン観光

1993年11月5日
 ロンドンに戻って2日、いよいよまともなロンドン市内観光である。地下鉄のワンデイトラベルカード(£2.6)を購入して急ぎ足で歩き回った。まず午前中は衛兵交代を見るなど、バッキンガム周辺を徘徊。その後午後はシティ界隈を徘徊しバンク、ロンドン塔(チケット販売時間終了で入れず)、タワーブリッジ、など地下鉄と徒歩で巡回。地下鉄でちょっと遠出をして夕方でひとけのないアビーロードスタジオなどを見て回る。もちろんあの横断歩道もこっそり渡ってみる。閑静な住宅街に差し込む夕日の木漏れ日がどこか温かい。お上りさん的な観光ルートを誰とも話さずひとりで回って宿に戻った。
 今日も暑かった(最高17℃)が、ロンドンを歩く人達は皆コートを着ていた。これがイギリス人なのか。
 夜になった。今日はガイフォークスの夜らしく、あちこちでロケット花火のような打ち上げ花火がピューピュー上がっている。夜は近所のパブ(バー?)でお酒と食事(£5ちょっと)。酔客からなぜか時間を聞かれた。

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2005.06.15

ロンドンへ戻る

1993年11月4日
 なんだかとても静かに過ごせたペンザンスを後にして、ロンドンに戻る事にする。イギリスを1周が完了し、後はロンドンで数日のんびりして帰国することにした。
penzance001
 ロンドンに戻ると11月ながらとても暑い。ペンザンスより緯度が高いはずなのだが、11月らしからぬ温かさであった。半袖になるほどではないが。
 しばらくテレビや新聞を見ない生活をしていたので、久しぶりの都会で情報収集。読めない英字の雑誌やら新聞やらを買い込んだ。カリフォルニアで山火事があったということが、文章でなくて写真でわかった。日本の情報はよくわからない。
 宿はキングスクロス駅近くのB&B。老夫婦が経営しているところ。

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2005.06.12

ランズエンド

1993年11月3日
 ペンザンスのB&Bで目が覚めると、今日も曇りだった。イギリスは本当に晴れに出会えない。
 朝朝食を食べていると、宿のご主人が気さくに声をかけて来た。「今日はどこへ観光するのか?」という問いだった。モンサンミッシェル風の島とランズエンドがこのあたりの観光名所らしかったが、ランズエンドに行く、と伝えると、バスの乗り方などを教えてくれた。
 バス乗り場に行くと、私の他に若い男性がもうひとり。マユゲボーンの人で、アングロサクソンとは少し違う顔立ちの人だった。ちょっと恐い顔立ちで、まゆげはつながっている。
 バスは往復で£1.95。運転手はお釣りもくれる。午前中はかなりすごい濃霧。霧の中をランズエンドへ進む。
ランズエンドはその名の通り地の果てという感じで、濃霧がその神秘感を強調していた。landsend002
 帰りのバスは手を上げたら、バス停でないところだったのにもかかわらず、私をのせてくれた。 バスに乗っているうちに、濃霧は徐々に晴れて来た。今日は珍しく、日本人には全く会わない。
 ペンザンスに帰ると、徐々に日が差して来た。久しぶりの晴天である。しかしこの晴天の威力は大きい。見るもの全てが美しく見えるのだ。イギリスに来てから晴れている日というのはごく僅かだったので、晴れた日というのは何もかもが美しく見える、という不思議な感覚を味わった。調子に乗って何でもない街を散歩して、ウンコ踏んじゃった。
 夜はファーストフードのウィンピーで。レストランのファーストフードの中間的な作りで、勝手に座って良いらしかった。£6.12。正直あまり美味とは言えない。
 宵の口、B&Bの窓から、地元の子供達の歌が聞こえた。日本でも聞かれる「オーレ、オレオレオレー♪、ウィアザチャーンプ」というJリーグのあのフレーズである。ウィーアーザチャンプ♪のところが、「ウォッホー、ウォッホー」と聞こえたが。これって世界共通の音楽だったのね。

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2005.06.06

ペンザンスへ

1993年11月2日
 ウェールズは一泊であっというまに駆け抜けて、一路イングランドの西端を目指した。
 昼食は列車の中で£2.69。
 終点ペンザンスへ到着。今日も小雨まじり。すっきりしない。遠くにフランスのモンサンミッシェルのような孤島が見える。なんだろうか。ホテルは駅から数分歩いた住宅地にあるB&B「ウッドストックゲストハウス」に二泊することにした。雨のせいか、何か静かで落ち着ける海辺の街である。
 今日は移動でほぼ一日を費やした。なので観光はほとんどせず、夕食は街中の若干お客さんのいたフィッシュ&チップスの店でフィッシュ&チップスをテイクアウト(£2.70)。ライトエールビールも買って(70p)、ホテルの部屋でいただく。おやすみなさい。

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2005.05.30

ウェールズも曇りだった

1993年11月1日
 リバプールで泊まった二件目の宿は、おばあさんが切盛りしており、生活感のあるダイニングで朝食となった。夕べのYMCAよりは快適だった。
 今日はまた鉄道でイギリスの南西方面へ向かう。とくに目的はなかったが、連合王国のひとつ、ウェールズの首都カーディフへ向かった。午後にカーディフへ到着。首都の鉄道駅はそれほど華やかさはない。さすがにイングランドと別の国だけあって、標識に英語とウェールズ語の並列表示が見られる。駅前にたむろしている人達は、どこか暗くて物騒な雰囲気の人が多かった。王国の中心地というよりは、一地方都市という感じは否めない。
 ツーリストインフォメーションで宿を予約した。今夜もB&Bで、国立ラグビー競技場からタフ川をはさんで対岸にあるところだった。宿の人は感じが良い。
 今日も曇り空で、時折小雨が混じる肌寒い天候。カーディフ城の周りをうろうろしたが、もう夕方で、ひとけも少なく、観光らしい観光もしなかった。人がいないながらも、城壁の側で楽器を演奏する人もいた。ケルト系の人が多く、イギリスとは雰囲気が違うはずのウェールズは、もう少し長く滞在して色んな街を見てみないと、魅力がわからないかもしれない。でもここは一泊だけにして、先へ急ぐことにした。
 晩飯はバーガーキング。ジャンキーな食生活が続く。

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2005.05.24

リバプール散策

1993年10月31日
 宿泊したリバプールのYMCAはさすがにYMCAだけあって、宿泊者はほとんど一人旅の男性ばかりである。朝食は宿泊費に含まれているため、勝手に食堂でとることができるのだが、皆無言でパンを食べている。なんだか自由な牢獄(?)にいるような無機質感。
 これから同行のI君はロンドンに向かい、私はリバプールにもう一泊する、という予定だったので、昼間別れることになったのだが、あまりゆうべのYMCAがしっくりいかなかったもんで、私の今夜の宿として、すぐ隣のB&Bにチェックインし直した。
 今日はビートルズに興味があるんだかないんだかわからないI君といっしょにビートルズゆかりのキャバーンクラブだとか、アルバートドックなどを見て回る。I君は文句も言わず、むしろ楽しそうに私の行き先に同行してくれる。リバプールの中心部は、今まで回って来た他の都市と異なり、中世的なヨーロッパっぽい町並みがある一方で、日本の地方の商業都市に近い雰囲気のところもあるやや近代的な街のようだ。観光的に作り込んだところ以外、60年代のビートルズを感じさせる趣はない。
 アルバートドックには「ビートルズストーリー」というビートルズの博物館がある。学割と割引券を無理矢理併用して£1.45。いろいろな展示物があってファンにとっては興味深いのだが、圧巻は最後に「ファンの歓声」を展示してある部屋である。ビートルズのすごさがもっともわかりやすい展示だ。
 I君と別れて、リバプール大聖堂にいった。イギリス国教会で最大級の教会建築だが、あまり馬鹿でかい建物に観光客も信者も含めてほとんどひとけが見られないのが印象的だった。
 今日は昼も夜も食事はマック。食事に迷ったらマックというのも習慣化してしまった。そして今日の天気も曇り。まだ一日中晴れていた日というのにお目にかかったことがない。これがイギリス?

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