2009.06.03

カラスに教えてもらうゴミの出し方

 都会ではスズメが減ってきている、といった情報もあるらしいが、あいかわらずカラスは結構な数がいるようだ。カラスは見た目もおっかないし、子育ての時期は巣の周りで人を威嚇することもある。昔は夕方になると哀愁のある泣き声で七つの子が待つ巣に帰る、という風情を感じられる鳥だったものだが、今は都市部で人間と敵対する存在になってしまっている。
 カラスが人に近づくのはヒトが出すゴミを食料として狙っているからだ、と言われる。そこで、ゴミの出し方について現在一般的に行われているのが「カラス除けネット」という網で、ゴミを覆う方法である。
 カラスは鳥の中では頭のいい方なのだろう。先日衝撃的な光景を目撃してしまった。通勤途中の近所の路上でのはなしである。なんとあのハシブトのくちばしで、器用にネットをめくりあげ、中に入って生ごみを引っぱり出し、フツーに食しているではないか!!!
 つまりカラス除けネットは多少の牽制効果はあるのかもしれないが、頭のよいカラスを完全に生ごみ食から遠ざけることはできないのである。
 そしてもう一つの疑問である。それは、なぜ日本人は斯様にゴミを出すのか?ということだ。日本の都市は世界的に見ても非常に清潔である。いくつかの先進国を旅してきたが、都会のゴミのなさは世界に誇って良い。行政や民間の清掃、ゴミ管理が徹底し、一般人のモラルも高い結果であろう。しかし前述の「ゴミ出し」だけは、こうした清潔国家には相応しくないのではないだろうか。
 袋に入ったゴミをそのまま路上の「集積所」に放置するスタイルである。そんな無防備な方法ではカラスが食い散らかし、道路をゴミだらけにすること必至である。逆に日本よりやや清潔度で劣る先進国都市でも、こんなゴミの露出放置プレーはあまり行われている記憶がない。せっかくの日本の都市の美観も、このゴミ出しのせいで台無し状態であると言える。
 これからのあるべきゴミ出しは以下の方法である。是非みなさんにご検討いただきたい。
 まずは屋根やドアのある集積所にゴミを出すこと、それが叶わない場合は、集積所にフタのある大型のゴミ出しボックスを設置すること、それも常設する場所がとれない場合は、ポリバケツのように、フタのある容器を個人が用意すること、などが考えられる。美観と、カラス対策との二面から、ゴミを露出させない、という考え方だがいかがだろうか。

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2009.05.24

2008英国の旅9「レンタカー」

 結局レンタカー屋へはスウィンドンの駅からタクシーで行くことにした。ドライバーにレンタカー屋の住所を伝えると、すぐわかったらしく、仲間のドライバーに(いつものところといった体で)「ハーツ行ってくるよ!」と声をかけていた。
 我々を乗せたタクシーは一路郊外へ向かったが、複数のランドアバウトでぐるぐる回っているうちに方向がよくわからなくなり、後で同じ道を行けと言われてもどちらの方向なのか思い出すのが難しい。
 10分ほどでレンタカー屋に到着。
 拙い英語でも日本で予約してあったので、手続きはことのほか順調。現地でフルカバレッジの保険に加入(24ポンド)。車種はオートマのコンパクトカーをお願いしていたが、ルノーのメガーヌであった。日本でも売られている車である。
 簡単な道路地図をレンタカー屋でもらおうという魂胆だったのだが、イギリス南部のとても広域な地図しかなく、スウィンドンはおろか近隣の細かい道は全くわからない。結局地図もなく、日本ではレンタカーにも結構ついているカーナビなどもなく、地図のない初めての海外ドライブのスタートである。 
 更に私、もともとペーパードライバー歴10年くらいを誇るだけあって、車を購入した現在でも運転は苦手。さらに海外ということもあって、とても緊張するのだ。
 特に困惑しているのはイギリスやオーストラリアでおなじみのランドアバウト。信号のないぐるぐる交差点である。事前に本などで調べていたものの、入るタイミング、出方がよく会得できないのである。
 恐る恐る運転をし、高架の道路が見えたのでたぶん高速道路だろう、ということで、乗り込んだ。乗り込んでみたら行きたい方向とは逆へ向かう車線。北へ向かっているようだ。でもそうしたでかい道路にもランドアバウトがあるので180度方向転換も可能。とても便利である。踵を返して南へ向かう。その道路、見た目は日本の高速道路で、車もびゅんびゅん飛ばしているものの、後で調べたらただの国道であった。当然無料なのだ。
 今日の最初の目的地はストーンヘンジだ。高速のような国道から横道にそれ、一般国道へ。道路の脇には農地が広がるが、生垣のような高い木が植わっており、動物以外は飛び出しの危険はなさそうである。そんな田舎道をイギリスの車は100km近くで飛ばしている。
 途中道路脇に「戦車に注意」の黄色い道路標識があったが、本当に対向車に戦車が走ってきた。基地の近くらしい。注意しろといわれても・・・。つづく

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2009.04.03

2008英国の旅8「スウィンドンへ」

 いよいよ今回のイギリス旅行の核心に入る。
 ロンドンの朝はイギリスへ来てはじめての曇り空。そして今日ははじめての海外ドライブの日である。ロンドンは渋滞はするし、いろいろな規制も厳しいらしいので、郊外のスウィンドンという都市まで電車で行き、そこでレンタカーを借りて行く、という方法にした。スウィンドンという街は全く観光地ではないし、昔ちょっとだけ流行ったXTCというグループの出身地という以外に全く馴染みの無い地名であったが、今回にドライブエリアとの距離がロンドンから微妙に「いい感じ」だ、という理由で出発地に決めた。
 ロンドンのパディントン駅でスウィンドンへの往復切符を買い、列車に乗り込む。何と駅は自動改札機つきで、昔のように、自由にホームに出入りできない状況になっていた!この自動改札、切符を入れてもノロノロ歩いているとあっという間にドアを閉められる。私も後を歩いている妻を見てノロノロ歩いていたら、ドアに挟まれた。
 列車はガラガラだった。ヨーロッパのターミナル発の列車にありがちだが、先頭の方が空いていて、後方の駅舎に近い側が混んでいると言う塩梅である。
 イギリスらしい(!)曇天の中、郊外へ向かった。昔と違って鉄道会社が完全な私鉄になっているようだった。
 スウィンドン駅に到着。真夏ながら時々小雨の混じる寒々しい天気。駅前も非常に寂しい。もちろん観光地ではなさそうなので、人も少ない。レンタカー屋は駅から2㎞くらい離れているらしいので、歩いて行くか、他の交通手段で行くのか、手段を考えなければならない。とりあえず駅前のショッピングセンターにツーリストインフォメーションがある、との事前情報をもとに、うろうろとショッピングセンターを探した。
 駅前をまっすぐ歩き、最初の丁字路を左に曲がるとバスターミナルがあった。日本のバスターミナルでも良くあるが、行き先表示を見てもその中間地点にある目的地に着けるかがよくわからなかった。バスをとりあえず保留して、丁字路の逆の右側に行き、オフィスビルの隙間をぬけ、何となく高架下をくぐると、そこはショッピングセンターだった。駅前の寂しさとは反対に、結構なにぎわいのある、日本のアウトレットモールのような大型の郊外型ショッピングセンターであった。駅前からはさっぱり見えないのだが、電車より車で行くところだからだろうか。
 ショッピングセンターに入ったものの、iが見つからず、キョロキョロ案内表示を見ていたら、いかにもイギリス紳士な老人(70代から80代くらい)が、「何をお探しかな」と声をかけて来てくれ、インフォメーションへの行き方を教えてくれた。温かいホスピタリティである。インフォメーションは駅側の入り口からすると正反対にあるらしく、結構(数百m)歩いて到着。そこで地図をもらい、レンタカー屋への行き方をスタッフの人に相談したが、結局歩いて行くには遠すぎるのでタクシーで行くのが良かろう、という結論になった。つづく。

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2009.03.17

2008英国の旅7「ロンドンの定番その3」

 蝋人形館を出た我々は、喉が渇いていたので、パブで1パイントのビールをまた飲んだ。そこから大英博物館まで歩くことにした。少し距離はあったが、辺りはいかにもイギリスらしいフツーの街並(OASISのモーニンググローリーのジャケットのような風景)が続き、何故か気分が良い。
 大英博物館までやっとこさ着いた。人影もまばらだったが、ゲートは開いていたので入ろうとすると、係の人から「今日はもう終わり」と言われ、押し返された。ガイドブックではその曜日の閉館時間は夜8:30となっていたのだが、あっけなく夕方に閉館。まぁ、15年前に来て「盗人の倉庫」といったニュアンスでこのブログで悪く言ったこともあるし、以前感動した文書展示は今回図書館の新館で見たので、また次の機会に来るとする。(いつ?)
 ところで、日本語ではこの博物館のことを大英博物館と呼んでいるが、英語表記はThe British Museumである。グレートブリテンと言っているのならわかるが、どこにも「大」の部分がないのである。なんか「大英」の方が展示に期待が持てそうな気がするし、実際展示品も「大英帝国」の盗品で構成されている。でも本当は「英国博物館」、くらいのニュアンスなのではないだろうか。
 ホテルの近くへ戻ってパブへ入って夕食。この辺りでは繁盛している店らしく満員に近い。一階で食事する場合はキャッシュオンデリバリーなのを忘れていて、ずっと席で待っていたら、優しい店員のおにいちゃんが「食事の注文はカウンターで」と教えてくれた。昼も夕も夜もビールでこの日の食事を終わる。

 半年以上かけて2008年イギリス旅行を書いているが、まだ旅行2日目にすぎない(笑)。この旅のメインは、次の日から始まる、郊外のドライブ旅行なのである!!!!こうご期待。

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2009.02.11

ひっそりと5周年

 今日2月11日は祝日である。どうでもいいことだが、2004年2月11日はこのブログを始めた日なのである。というわけで、ひっそりと5周年である。毎日のようにブログを更新していた2004年当初と違い、最近は月1更新なので、祝ってくれる人もいない静かな「誕生日」だ。
 2004年当時はブログ自体がまだ草創期にあったので、小さなコミュニティの感じがあり、このようなブログにもコメント書き込みやトラックバックが多数あったのがなつかしい。
 半ばアル中気味だった5年前と比べると、この5年間で資格をとったり、家を購入したり、人脈が広がったりと何だかんだいろんなことがあり、自分も変化しているのがわかる。歳をとると1年が速く過ぎると感じるが、ブログを通じて5年を振り返ると、5年前がけっこう昔だとも思える。5年間の一番大きな変化は、苦手だった文章を書くことが上手くはなっていないものの、格段に速くなったことである。
 これからも気長に「ブログにしては重い文章」を更新して行く予定である。
 

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2009.02.08

2008英国の旅6「ロンドンの定番その2」

 更に定番コース散策は続く。
 衛兵交代を観た後、歩いて東へ移動した。セントジェームズパークは、15年前の秋に来たときはリスがたくさんいたが、今回は水鳥しかみかけない。季節のせいだろうか。
Stjames_2


 さらに歩いてダウニング街へ。もっとオープンな場所なのかとイメージしていたが、やっぱり大国の首相がいるだけのことはあって、街路ごと鉄策で覆われていた。
Downing_2


 このあたりは政府の施設が集中しているが、中東のどこかの国にかかわる何かのデモがおだやかにおこなわれていた。
 続けてウェストミンスターブリッジを途中まで渡り、ビッグベンを眺める。この辺りは観光シーズンだけあってものすごい人だかりである。15年前との違いは大観覧車ロンドンアイがあることぐらいで、ほとんど雰囲気は変わっていないようだ。
 腹が減ったので、近くのパブの二階でビールつきのランチふたりで25ポンド。続いてウェストミンスター寺院へ入る。記憶違いかもしれないが、昔と今で入口の位置が変わった様な気がする。ヨーロッパにはゴシック建築の教会が沢山あるので、他のところと勘違いしているのかもしれないが。
 続けて地下鉄に乗ってマダムタッソー蝋人形館へ。なんてまた定番なんでしょう。でも蝋人形館は前回の一人旅では行っていないので初体験である。
Madame_2


 人形が並んでいるだけのこの施設もやはり入場は大行列の人気スポットであった。チケット購入の列は建物の外に並ばず、店内で並ぶシステムである。待っている間、いかにも学園祭の模擬店のような素人っぽいDJがいて、待っている人を飽きさせないように音楽をかけている。その合間に、「どこから来たの?」的なインタビューをする、という塩梅である。なぜかアジア人がいなかったので、私がインタビューされてしまった・・・。
 蝋人形は思ったより良い出来だが、最近のスターほど知らん人が多い。さすがにスターだけあって、当然知ってるやろ、ということで、どこにもネームプレートなど出ていない。知らんし。
 蝋人形館の後半は「恐怖の館」になっている。恐い方はそこをスルーする抜け道も用意されています。狂人を演じるスタッフが客を脅したあと、学園祭のお化け屋敷クラスの演出が待っている(人が変な声を出して暗闇から突然出て来て脅す)。ここの施設はアメリカや日本のテーマパークを見慣れた目線からすると、すべて「学園祭っぽい」のが特徴だ。でも何か楽しい。
 最後はふたりがけのロンドンタクシー風の乗り物に乗って、ロンドンの歴史を眺めるイッツアスモールワールド的なツアーで〆である。楽しいが、途中安全装置が作動したのか、乗り物の運行が止まってしまった。ちょうど我々の止まった位置が水を吹き出す人形の下だったので、いっぱい水を浴び続けたのであった。つづく。

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2009.01.07

正月、兵庫県某所にて

 新年あけましておめでとうございます。というのには少し日数が経ちすぎているが、今年はじめての更新である。
 タイトルにある通り、兵庫県某所で生まれてはじめて体験したエンターテインメントについておはなししたい。
 それは、あの宝塚歌劇である。東京宝塚劇場は建物やファンの皆さんを横目で見ながらも今までいちども入ったことはなかった。あの女性が男性を演じる様式美に対して、食わず嫌いをしていたのは事実である。それが、本場兵庫県某所(まぁ、宝塚市の宝塚大劇場なんすけど)にて、正月から本場物を見る機会に恵まれたのである。
 先入観から、宝塚を好きな方々というのは、どことなくメルヘナーな女性の方々ばかりかと思ったが、観劇しているのは比較的品の良いフツーの女性達が多かった。劇場も赤絨毯に真鍮の手すりといった、ゴージャスな内装である。特定のトップスターにカンパ(?)を求める応援の方などもいて、劇場内はこの歳になってはじめて見ることばかりである。思いのほか、女性に連れられた男性客も多く(私もそのひとり)、男性だけのグループ客もいた。
 席はいちばん安い席であり、出演者のメイクされた顔をぎりぎり見分けられる距離であったが、正直ここに感想を言おう。
 感動した。
 正直観る前は、笑ってしまったり、寝てしまったりするかと予想していたが、ミュージカルにあまり馴染めない私でも素直に感動したのである。
 ものすごく訓練された歌とダンス。生半可な練習量でないのが伝わってくる。そしてきらびやかな演出は完全に夢の世界へ連れて行ってくれるのであった。本物とはこういうものだね。長年にわたり、多くのファンに支えられてきたのがわかる。また観たくなったので、こんどは手近に東京の劇場で観てみようかと思う。

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2008.12.13

カリスマ社長

 テレビのドキュメンタリーや、ニュースの特集記事コーナーなどで、昔から気になっていることがある。その業界では俗に「カリスマ」と呼ばれる様な経営者に関しての取材で、よく見られる光景のことである。
 例えば、飲食店や、小売店の社長が手がけるお店がオープンするまでのドキュメンタリーで、開店直前に必ずと言っていい程トラブルが発生する(もしくはあえてトラブルを発生させている?)のである。その場面でそのカリスマ社長は従業員を怒鳴りつけ、飲食店であればメニューや味のダメだし「こんな味じゃだめだ!お客様に出せない!」を行い、小売店であればオープンまで時間がないのに売り場の全面変更を命じるのである。
 他にも製造業のカリスマ社長が自社の工場を視察し、自分の思った通り運営がされていないのを見て「なんだそのやり方は!」と激怒する、といった流れである。
 こうした場面構成は、カリスマ社長取材の定石のようなので、テレビ制作側から依頼された演出なのかもしれない。社長の「こだわり」をわかりやすく示す、という意味で従業員も社長も納得の上で演出に協力しているならあえて問題にすることはない。それならそれでいいのである。
 しかし、私が思うのは、「開店前日に従業員が必死で積み上げて来たものを転覆する社長」「自分の考えが(テレビ局が来るまで)現場に徹底できていなかった社長」というのは、はっきり言って「ダメな社長」ではないか?ということである。もしあれが演出ではなく、本当の姿だとすれば、自分の駄目ぶりを全国にアピールしていることにはならないだろうか。あのままでは我々の身近にいるダメな上司と重なり、とても「カリスマ」性があるとは思えない。
 本当に実力のある社長であれば、明確なビジョンがあり、会社としてやるべきことが現場の隅々まで徹底され、テレビ局が従業員に取材しても、異口同音に皆が同じビジョンを口にする。開店前日などは従業員の今までの努力を愛のある言葉でねぎらい励まし、みんなが「この人について行こう」という目をして現場のモチベーションが上がっている。という状態が生ずるはずなのだが。それではフツーすぎてやっぱり番組にならないのかな。

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2008.12.03

2008英国の旅5「ロンドンの定番その1」

 朝食はイングリッシュブレイクファーストであった。この宿は、通常の朝食込み料金ではイングリッシュにならずコンチネンタルとなる。フルイングリッシュを食べたければ追加料金を払わなければならないのだ。イギリスと言えばイングリッシュと考えていた自分には少しショッキングである。昔は格安のB&Bでも当たり前のようにイングリッシュが出て来たものだが、ここロンドンではイングリッシュは「特別」なのだろうか。朝食はイギリス旅行の楽しみの中でも非常に大きなウェイトをしめていたので残念である。
 それでも満腹になるまで紅茶を飲み、朝はまずハイドパークへ向かった。季節で言うと真夏なのだが、イギリスは適度に涼しくて、秋の気持ちの良い朝、という感じである。ハイドパークは、涼しくて人が少なくて超気持ちいい。ジョギングをする人、自転車をぶっとばす人、あまりにも贅沢な広さの公園。こんなところで自転車をぶっとばしたら、さぞかし気持ちがいいだろう。

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 次にバッキンガム宮殿の見学に行く。宮殿は夏の間だけ、一般に開放されている。写真撮影不可なので写真は残せなかったが、過去の王室ではなく、現在も使用されている王室の施設を見学できるというのは貴重である。ボールルームは特に圧巻であった。衛兵交代も久しぶりに観る。やっぱり相当のひとだかりだった。つづく。

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2008.11.25

2008英国の旅番外編「東京英国散歩後編」

 前回からのつづき・・・。
 コピーバンドの皆さんが1回目のステージを終了すると、何となく、相席の女性の方ではなく、後から来た外国の相席客の人と話すようになった。実は前回の伏線の通り、英語を話すチャンスがあったらしゃべったれ、という下心があったのも事実である。
 男性はセインカミュ氏とユアンマクレガー氏を足して少し年上にしたような感じの人で、我々より年下に見えた。典型的な欧米の顔つきである。服装は比較的真面目で上品な服装(シャツにセーター)をしていた。聞いてみると、イギリスはマンチェスター近郊から観光で来た人で、期待どおり(?)日本語は片言であった。我々の英語のボキャブラリーより少なそうである。とりあえず彼の日本語より我々の英語が優位に立つため、片言の英語で世間話をはじめた。
 日本人は十数年英語を勉強しても、英語がしゃべれない・・・という悩みを伝えると、「日本には日常生活に英語が溢れているし、テレビ番組や雑誌でも英語のものがいっぱいあるのに・・・」と言われた。全くである。英語を学ぼうと思えば文字ベースでは山ほど素材があるのだ。しかし話す機会は無いんだな。
 男性はC氏という名で、マンチェスターユナイテッドのファン。もちろんビートルズも好きである。年齢は我々より1歳年下だったが、双方お互いを年下だと思っていたようだ。ビートルズの好きな曲のはなしやリバプールのはなしなど、1時間ごとに行われる生演奏の合間に、酒を飲みながらはなしを続けた。片言なので、盛り上がるというのは難しいが、途切れず会話が続いた。今年の夏イギリスに行ったと話すと、どこに行ったか聞かれたのでSWINDONに行った!(後述)といったら、「スウィンドン!?なんでやねん」と言われてしまった。ランドアバウトがいっぱいあった!という話は通じたようだ。
 熱い演奏と慣れない英会話で喉がかわき、結構ビールやらアルコールが進む。夜11時近くなって、渋谷のホテルに泊まっていると言う彼と別れた。
 イギリスのスポーツを観て、イギリスの音楽をライブで聴き、イギリス人との会話。偶然だがなんてイギリスな一日だったんでしょう。次回より本編に戻る。

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2008.11.24

2008英国の旅番外編「東京英国散歩前編」

 今年夏より英国編をだらだらとお送りしておりますが、今回はその番外編。
 何となく自分にとっての英国イヤーとなっているのか、何となく先日都内でプチ英国旅行をしたような感じになってしまったので、その顛末をお送りしたい。
 冬の到来を感じさせる肌寒さを感じる秋の休日、友人Hと「英国発祥のスポーツである」ラグビーを見に行った。友人Hは学生時代の旅行パートナーであり、何故か毎年このラグビーきっかけで飲むことが多い。ここ数年は、ラグビー後は神宮外苑から徒歩で行ける範囲ということで、西麻布や新宿という飲みエリアで飲んでいたが、久々に六本木で飲むことにした(Hとは10年位前に六本木の外国人客の多い店で飲むことがあった)。
 最初に行ったのはアイリッシュパブ。アイリッシュだがイギリスと同じである。ハッピアワーだったが、思いのほかビールが高かったので、1パイントだけ一気飲みして退散。何も食べていないので思いの他ほろ酔いであった。そこでHと「英語が話せるようになりたいなぁ」という話をした。十年近く学校で英語を習い、海外旅行も行っている中年のオヤジだが、仕事や生活で使わない環境にいると日本人は英語が身に付かないものである。夕方5時前のパブはすいていたが、客も店員もほとんど外国人である。少なくとも飲み屋程度で自由な雑談ができるような語学力もない寂しい中年になってしまったのである。
 その後一軒の和風居酒屋を梯子して、次は六本木では有名な、ビートルズのコピーバンドが出演するお店に入ってみた。これもイギリスである。前々から少し気になっていたが、「僕がポールで君がジョン」的なマニアックなノリだったらイヤな気がしたので、入ったことがなかったお店である。
 7時頃入ってみるとまだ空席が目立つが、我々は一番ステージの目の前の席に案内された。店員から、「混んだ場合は相席になる」と言われた。
 しばらくすると客も入って来て、我々のテーブルは出演バンドのおっかけらしい40前後の女性一人客が相席となった。7時30分に1回目のステージ。演奏されていたバンドの方は、結構カッコいい男性(30代から50代?)の皆さんで、演奏もイイ感じである。しばらくすると、もう一人相席の客が入って来た。外国人の男性である。回りを見回すと、いつのまにか満員である。ながくなりそうなのでつづく。

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2008.11.19

700番目のコラム

 ようやく700回目の更新を迎えた。600回目までは、半年で100回というペースで更新が続いている。600番目のコラムは2006年の6月20日に更新しているのだ。しかし、その後の100回は、何と2年と5ヵ月もかかっている!長かった。最近は1ヵ月1回の更新がやっとなので当然と言えば当然だ。何しろ書くべき内容が少ないもので。
 このブログ、最初は様々なエピソードをコラム形式で幅広く更新していた。今は年1回の海外旅行を、1年かけてもったいぶって更新しているだけである。でもほんのちょっとだけ読者の方々がいらっしゃるので、細々と続けております。
 今後はもう少し人のため、読む方を多少は満足させられるような方向性で、懲りずに少なくとも累計1000回に行く位までは、更新を続けて行きたいと思っている次第である。旅行ネタ以外も広げていきたい。

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2008.11.17

2008英国の旅4「明るい深夜観光」

 日本で予約した宿は駅から数分ほど。日本人に人気らしくかわいらしいホテルだったが、やはりロンドンだけに部屋は狭い。窓の外は夏休みで誰もいない学校の校庭らしい。コンクリートの地面にトラックがひいてある。
 日本時間だと深夜をこえて早朝に向かう時間となっていたが、まだ十分に明るいロンドンの街へ観光にでかけた。(タイトルはそういう意味である)
 最初はキングスクロス駅へ向かった。学生時代のイギリス旅行の際、ヨーク行きの列車に乗った場所であり、長期滞在したB&Bがあったところである。久々に見る駅は思いのほか小さくなった様に見える。(あくまでも感覚の問題で実際に小さくなっているわけではないが)しかし夫婦で向かった先は駅そのものではなく、ハリーポッターでおなじみ9と3/4番線のある場所である。もちろん実際はそんなホームがあるわけではなく、ホームとは関係ない、駅のはずれのレンガの壁にプレートがつけられ、半分に切断したカートがつきささっている、という塩梅である。韓国人女子大生みたいな女性が大勢で写真をとりあってキャーキャー騒いでいた。
 続いて隣のセントパンクラス駅へ。昔行ったときは古くさい駅、という印象があったが、現在はユーロスターの国際ステーションが出来、古い構造を近代建材でデコレートしたおしゃれな駅になっていた!
Stpancras_2
野暮ったいというイギリスのイメージは現在は違うようである。
また、隣に出来た大英図書館へ向かう。昔は大英博物館の中にあったと記憶している。確かマグナカルタとかジョンレノンの直筆の歌詞なんかが展示してあって興奮したのを覚えている。こちらも近代的な建物であった。大英図書館側からセントパンクラス駅を見るとお城のようである。
Stpancras2_2

 ふたたびキングスクロス駅へ戻り、昔泊まったB&Bがまだ残っているか覗いてみる。当時の宿の名前は記憶していなかったが、確かに同じ場所で宿泊施設は営まれているようだった。当時は宿泊料の支払いで怒られたり、ガイホークスデイの夜、個人があげる打ち上げ花火が飛び交うのをみたような気がする。
 サウスケンジントンの宿の近くへ戻り、日本時間でいう朝食のような初日の夕食。イタリア料理のレストランで、味も雰囲気も可もなく不可もないフツーの店だったが、物価格差や円安のせいで、日本でいったら高級料理店の値段である。つづく。

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2008.10.26

2008英国の旅3「入国」

 ヒースロー空港に着いた。15年前の入国審査は親切丁寧かつ長い、という印象であったが、今回は滞在目的と期間を聞かれるだけという、ごく一般的な内容であった。到着はBA専用で新しいターミナル5。
 地下鉄のインフォメーションでオイスターカード(タッチ式プリペイド乗車カード)を夫婦二人分購入した。しかし窓口の人の話している英語がよくわからず、早くも出だしから自分の英語能力低さを認識して落ち込んだ。すぐ横のATMで現金をキャッシングして、地下鉄に乗り込んだ。
 昔はじめての海外一人旅でロンドンの地下鉄に乗った頃を思い出した。空港と市街地の中間地点は、地下鉄は地上を走るのだが、車窓の風景は昔とそんなに変わっていない様に感じる。あいかわらず、地下鉄の車体は東京の大江戸線のように窮屈なのだが、かつての釣り玉(立ち乗りの乗客がつり革ではなく、バネにぶらさがったボールをつかむもの)がなくなり、つかまる部分が、バーに統一されていた。
 市街地に入ると再び地下鉄は地下に入り、一泊目の宿を予約してある街、サウスケンジントン駅に到着。つづく。

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2008.09.28

2008英国の旅2「旅立ち」

 最近の旅行ばなしはなぜかお金のはなしばかりくどくど述べているような気がするが、今度もお金のはなしからスタートである。
 今回、旅のお金は「クレジットカードで済ます!」というのをテーマとした。昔からガイドブックに載っているのは、「先進国であれば基本はT/C、現金を少々、カードは使いすぎるから最小限に!」というのがお金に関する基本アドバイスであった。しかし、T/Cが現金同様に使えるアメリカはともかく、レートや手数料諸々を考えると、結果として、クレジットカード支払い、クレジットカードキャッシングというのが、ヨーロッパではもっとも「安く済む」決済手段である、ということが最近の旅行経験からわかってきたのである。
 そこで今回はイギリス旅行ながら、ポンドのT/Cを1枚も持っていない。出発時に成田空港で、念のため少しだけポンド現金を両替しただけである。
 旅行鞄は最小に!というのが一人旅時代のモットーであったが、最近は妻の荷物を持つ必要から、大きなスーツケースで行く旅行が多くなった。しかし昨年の旅行で、比較的大きめのキャリーケースタイプ(?)の鞄を機内持ち込みしているヒトを見て、今年は大型スーツケースを止めてみた。機内持ち込み最大限に近いソフトタイプのケースをデパートで買い(意外と安かった)、久々に空港の荷物待ちをしない方法に変更したのだ!!やっぱり団体ツアーではない移動型の旅行で、大きなスーツケースをごろごろしているのはあまりエレガントでないと思うのである。
 今回利用するブリティッシュエアウェイズは、最初の海外旅行のニューヨークJFK空港で見かけて以来、一度は乗ってみたいキャリアだった。サーチチャージ込みの料金で、ヨーロッパ行きでは比較的安い部類に入ったので、(おそらく)はじめて利用することになった。エコノミークラスでパーソナルモニタで機内食も不満はない。機内での映画鑑賞は今までは意外な名画に出会える良いチャンスであったが、日本語対応の映画は何故か見たことあるものか興味がわかないものばかりであったので、今回は音楽中心に聞いてすごした。パーソナルモニタの恩恵をあまり得てはいない。さらに途中動作不良も発生。
 もちろんビジネスクラスなど長い旅行生活のなかでも1回(それも数時間)しか乗ったことが無いが、歳をとるほどエコノミーの長時間フライトはきつい。ビジネスクラスに乗れる身分になりたい。航空会社のせいではないが、案の定ひどく疲れてイギリスに到着。なぜかイギリス近くの気流が安定せず、ランディングもふらふらで少し恐かった。つづく。

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2008.08.20

2008英国の旅1「プロローグ」

 旅行の想い出ばなしを中心に組み立てているこのブログであるが、昨年はたった5日くらいのイタリア旅行ネタを一年かけてだらだらと綴って来た。最近の旅行はこのネタづくりのためにやっているような本末転倒の状況である。そんなわけで、今年はなんとイギリス(イングランド)に行って来た!!なんでだ!!
 もともとフィンランドに行こうとしていたのだが、1ヵ月半前に希望のチケットがとれず、その段階で一番安いヨーロッパ行き、かつユーロ圏以外、というふたつのニーズを満たす航空券が、英国航空のロンドン行きであった。イギリスは私がはじめて海外一人旅した想い出の地であり、十五年ぶりであるが、イギリスが今、どう変わっているのか(停滞したイギリスから繁栄している現代のイギリスへ)、見てみたいという気持ちと、昔行けなかった田舎めぐりをしたい、という(今回は妻の希望を全く採用しない)旅行趣旨である。
 ユーロ圏以外というのは、昨年のユーロ高による異常な価格差に辟易したからである。しかし残念ながら、今回のポンド圏旅行も物価高に悩まされることになった。それは円とポンドの為替問題というよりは、デフレが続いていた日本以外はここ何年かインフレ環境にある、というところが主原因らしい気がする。なにしろ、今の対ポンド為替相場は、かなり昔の「地球の歩き方」に載っている相場とさしてかわりないのだ。
 かつて学生時代は海外の物価の安さに昂奮し、とんでもない低価格で旅行を終えることができたのであるが、ここ数年のヨーロッパ旅行は学生時代の円高メリットを全て取り返されている様な仕打ちである。学生時代の旅行のほぼ倍の請求を受けている感覚である。購買力平価ベースで見れば、日本はもっと限りなく円高になって欲しい。旅行者キツいっす。
 今回の旅行は、ロンドンをベースに、今回ははじめての「海外ドライブ!!」でストーンヘンジとコッツウォルズを巡る旅であった。コースとしてはありきたりだが、完全な自由旅行でかなり出費を余儀なくされたこの旅行を、少ない読者を対象にまたも1年かけて地道に更新していきまっす!!

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2008.07.27

2007年イタリアの旅22「トレビの泉」

 早いものでこの2007年イタリアネタシリーズを書き始めてもう1年になろうかというところである。2008年も後半になっているが、この2007年シリーズも終わりが近くなっているのでしばしおつきあいいただきたい。
 ローマのトレビの泉は後ろ向きにコインを投げ入れると再びローマに訪れることができるといういいつたえがある。学生時代、何故か「そんなことをしなくてもまた来ることになる」ような気がして、何も投げ入れずに帰って来たのだが、案の定、再びローマに、トレビの泉に来てしまった。それにしても前回よりすごい人だかりである。
 市内をぶらぶら歩いてスペイン階段有名等観光ポイントを見て回って、この日の観光は終わった。
 今回の旅行で発見したこと。ローマのテルミニ駅は以外と地下街が充実していて地上よりきれい。イタリアのビジネスマンは暑くてもスーツジャケットまで着ている。地下鉄の手すりが三股になっていて持ちやすい。イタリアほどの先進国でも、マイナーブランドのコーラのボトルは、入っているコーラの量がまちまち(汗)。
 海外旅行の最終日の起床前に必ず起きる現象がある。それは、夢に日本の女性タレントが出てくることである。それも今まで全く気にしていなかった想定外のタレントさんなのである。その夢きっかけで帰国後その女性が気になってしまう。今回は妻との旅行だったのだが、やはりそれは起きたのであった。今回のタレントは「安めぐ○」さんである。帰国後に気になっている次第である。

 最終日は午後のフライトだったので午前中はまたスペイン階段まで行き、冷房の効いた部屋で階段が眺められる喫茶店BARCACCIAの2階で休むことにした。我々が冷たいものを口にしていると、いかにも旅慣れた感じの日本人女性が一人で食事をしていた。何度もローマに来てるんやろうな、という雰囲気であった。

 帰国便のフィウミチーノ空港へ向かう。何故か空港行きの列車はクーラーが効いておらず、ひどい猛暑である。
西日がきつい。空港では荷物をビニールフィルムで巻く機械があって、旅行者がスーツケースをぐるぐる巻きにしているのが印象的だった。
 空港内の連絡シャトルの乗り場で、黒髪のモデル風のヨーロッパ女性からシャトルの行き先を聞かれた。こんな観光客丸出しの東洋人に聞いてどないすんねん、という感じだが、彼女の行き先はブダペストであったようだ。彼女も異邦人である。東欧の美しい女性を見て、今後の行き先として東欧を検討してみたくなった。
 帰りの日航機では、フライトアテンダントの女性から我々夫婦に声をかけられた。「昼間お会いしましたよね?」え?そんな機会あったっけ?日本人としゃべった記憶もないし、と思っていると何と、髪をアップにしていてすぐにはわからなかったが、昼間スペイン階段前の喫茶店で見かけた「旅慣れた日本女性」は彼女だったのである。旅慣れた感じがするわけである。めでたし、めでたし。このシリーズおしまい。

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2008.06.20

内外価格差

(注)これから書く内容については、なんらデータの根拠の無く、酒に酔って書いている感覚的な内容なので、何かの参考にはしないでいただきたい。
 つい最近まで、「日本の物価は高い」ということが言われていた。確かに私が海外旅行を始めた90年代前半、欧米に行くと、もののあまりの安さにコーフンしたものである。購買力平価だのビッグマックだので比べても、日本(他には北欧など)は物価が高かった。最近まで、CDなんかも輸入版が圧倒的に安かったのである。
 ところがここ数年そうでもないようである。いろいろな統計上ではまだ日本は物価の高い国であるのはかわらないらしいのだが、実感としてユーロ高&インフレ気味のヨーロッパは、日本と比べて相対的に物価の安いところではなくなってしまった。というより日本の旅行者や輸入業者にとっては圧倒的に高いところになってしまっている。
 最近のシリーズで書いているイタリアなんて、私の学生時代には圧倒的に物価の安いところだった(リラの桁が大きいのでわかりづらかったが)。それが1ユーロ160円超えが当たり前の現在、実感としては日本の2倍くらい(の感覚)である。
 ヨーロッパに限らずバブル直後と比べると日本の円の力はかなり弱まっている。為替相場もマーケットに参入する参加者が昔より多く、金利その他様々な要因で相場が動くので、なぜ現在のような相場になるのか昔よりさらにわかりづらいが、実感としては1ドル、1ユーロが100円を切っても物価が釣り合う様な気がするのだが。
 つまり、以前のような「内外価格差」=日本の物価が高いというのは既になくなっているのである。

 一方気になるのは最近の石油・穀物等現物相場の高騰である。先日、夏の海外旅行で航空券の往復チケットを買ったのだが、一見安く見えた航空券がサーチャージで一気に高値になってしまった。基本的にサーチャージは片道分でネット等に表示されていることが多く、実際往復のチケットを買うと倍とられるのだ!(夫婦2人で買えば4倍だ!)
 話は酔っぱらいのため更に「飛ぶ」が、不可思議なのは小麦の価格である。政府が一元的に管理して価格を決めている麦価はなぜか世界の相場に連動して上がっている。影響で小麦を使う食品は皆値上がりしているのだ。一般的に国産の小麦はパンなどフツーの利用は難しいと言われる(品質が海外に劣る)。そんな国産小麦を作る農家を守るために(保護目的でお金を援助するため?/安い海外の小麦との価格バランスをとるため?)政府が高値をつけていたはずだが、更に値が上がっているのだ。もともと本来の価格の何倍もの(推測)値段がついていた小麦の価格を世界の穀物価格の上昇に連動して更に上げるなんて、「どんだけ国産小麦は(価格/品質面で)競争力ないねん!」とツッコミを入れたくなってしまうのである。
 ガソリンは「環境対策」という名目で高い税金を持って行くのはある程度理解できる。更に世界でほぼ単一の相場で動く石油が高騰するのはやむを得ない気がするが、日本の小麦の価格品質面での競争力確保のためでなく、特定の利権者にお金を渡すため(もしくは日本人に国産の小麦が高すぎるのを意識させないため)だけに、国民全体に犠牲を強いるこの管理価格制度って、いったいどんな意味があるのだろう。こんな時だからこそ相場の上昇ベクトルに連動せず、国民に安い(従来と同じ程度の価格で)小麦を提供すべきなんじゃぁございやせんか?

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2008.05.06

2007年イタリアの旅21「ヴァチカン」

 ローマ最後のビジネスホテル風のホテルの朝食はフツーすぎたので妻はちょっと不満げであった。
 そんな朝食をとってから、今日は今回の旅のもうひとつの目的、ヴァチカン美術館へ向かう。このヴァチカン美術館に学生時代訪れたとき、少し不思議な体験をし、人生が少しだけプラスに変わったのである。その場所をまた訪れたかった。 以前訪れたのは真冬であった。したがってそれほど並ばずして美術館に入場できたのだが、今回は噂に聞いていた通り入り口から壁伝いに伸び、コーナーを曲がって通りに面するまでの相当の行列であった。途中割り込みをめぐるバトルもあり、待っている間も退屈しないのであるが、結構待たされた。いざ開門すると、意外とあっさり入れるのではあるが。
 かつて不思議な体験をした場所はチケットを買ってエスカレーターをあがってすぐの場所であったと思う。今回は別に何の奇跡もなかったが、現在の自分を形成する分岐点となった(少し大げさだが)その場所に再び訪れて、全身に電気が走るような(雷に打たれるような)不思議な衝撃が走った。同行する妻にはその感情は伝えず、一人で静かに余韻を感じていたのである。
 あとはフツーに美術館を見学した。昔より観光客が多く、あちこちで渋滞を起こしている。そして奥の奥まで進み、「最後の審判」を見に行く。この絵は以前訪れたときは修復中で、レプリカのシートが上を覆っていて、本物を見ていなかったのだ。修復されたその絵は鮮やかな青色が印象的で、天井の創世記の絵と合わせ、圧倒的な迫力である。広間は見物客でかなりごった返していたが、しばし言葉を失って見入ってしまった。
 さすがカトリックの総本山。ここには何かあるのである。
 ヴァチカン美術館を出て、サンピエトロ寺院へ行く。
 ここは肌を露出する服はいけないとか、聖地だけあっていろいろ規制がある。参拝者はそんな対策用の衣類を持ってきている人がほとんどだ。私が以前訪れた時は、なんだか荷物の持ち方を注意されてクロークに預けるように入り口で指導された記憶がある。
 寺院も相当の行列であった。中も相当混んでいる。しかしここでは美術館のような(前述)奇跡的な体験とか衝撃的な体験はないのである。敬虔な信者ではないからだろうか。ただその建物の大きさと豪華さから、ローマカトリックの威力の大きさに圧倒されるばかりである。
 ヴァチカン市国を出て、昼食へ向かう。近くで比較的上品なレストランをガイドブックで探したが、まだ時間が早く(11時台)、開いていないようである。あたりをぶらぶらしてオープンを待った。ヴァチカンの周りにはこぢんまりしたヴァチカン日本大使館を発見。日の丸が見えたのでわかったが、普通の家屋という感じのところだ。微妙にイタリア国内にあるような位置だが市国にはそんな土地はないのだろう。
 レストランが開く時間になった。
 だいたいの客は外のテラスで昼食をとっている。他にいた客も金持ちそうである。右隣はいかにもリッチな雰囲気の家族が子連れで昼食をとっていた。
Photo
 このイタリア旅行ではじめて気づいたのだが、メロンに生ハムを巻く、というものは、今まで日本の気取った店が何か勘違いして出したメニューかと思っていたのだが、イタリアではこういったレストランで多くの客が頼む一般的なメニューだったのである。いままでの旅行はそういったメニューが出る店に入らなかったので(貧乏旅行だったので)、この歳になるまでまったく気づかなかった。
 レストランでは、ややふっくらした中年の男性ウェイターが我々のテーブルの担当だったのだが、配膳中、「英語は話せますか?」と聞いてきた。もちろんイタリア語はさっぱりなので「少しなら」と答えると、「日本人ですよね?日本人ならターキーを知ってますよね?」と言う。
 ターキーといえば七面鳥か水の江瀧子さんくらいしか知らない。知っていると言えば知っているが、知っているという範囲に入るのかわからずどぎまぎしていると、彼は注文用のメモ用紙に「TAKE」と書いて示した。「テイク?」と思ったが、彼は「ターキーはこの店によくくる私の友達だ。今イギリスでレースをしているけど」と言う。以上の情報を総合するとターキーとは武豊氏である。確か今海外のレースに騎乗しているはずであった。ウェイター氏と友達かどうか知らないが、競馬界ではヨーロッパでも武氏は名前が通っている人である。きっとこの店に何度も訪れているのだろう。確かに上品なレストランで味も良い。彼の様なセレブリティが来ても不思議ではない。
 そういえば現地の人と旅行に必要な会話(宿泊、飲食、乗り物利用など)以外の世間話をするのは久しぶりである。酒も入ってすこしだけいい気分。注文の手違いか何かで左隣のアメリカ人ぽいカップルとアイコンタクトで笑いあう、というシチュエーションになったので思い切って声をかけてみた。世間話その2である。
 聞くとカナダのトロントから来たカップルだと言う。トロントなら少し前にカナダ旅行で行ったばかりである。そんな話をしてトロントの印象を聞かれたのだが、私の英語の語彙では「スゴクイイトコ、マチキレイ、メシオイチイ、タワーノボッタ」ぐらいの、たどたどしい返答しかできない。だががんばってカップルの男性から次の質問を受けた。「カナダでは他にどこに行ったの?」その質問は答えられなければならない。なぜならそのカナダ旅行の主目的地はナイアガラとプリンスエドワード島だったのだから。
 しかしここで、「度忘れ」によりこの「プリンスエドワード」という地名が出てこないのである。そこで、モンゴメリーのアンの・・・と苦し紛れにヒントを探ったら、先方がプリンスエドワードを当ててくれた。助かった。後は東京は行ったことあるだの、ローマ旅行は何日でどこへ行くなど、世間話としては上等なかなり当たり障りの無い会話をしているうちに食事も終わったので会計をして彼らとは別れた。
 自分から話し掛けておいてここまでカタコトだと、向こうも当惑しただろうが、久しぶりの世間話シリーズは旅行した雰囲気が味わえてこちらは満足であった。妻は英語はさっぱりなので、私の片言ぶりも困惑した状況もわからなかったようだが、会話には加われず放置してしまったのは申しわけなかった。
ともかく、旅も後半でやっと旅らしくなってきたのである。しかしこのブログ、更新が遅く、昨年の夏の話題をまだグダグダと書いているのである。つづく。

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2008.04.09

2007年イタリアの旅20「ローマ再び」

 美術館を鑑賞した後、フィレンツェからまたローマへ戻る。久々に訪れたフィレンツェはローマより少し落ち着いていて旅行者にはすごしやすい街であった。
 フィレンツェ行きのインターシティと異なり、ローマへはユーロスターで帰ったのだが、気のせいか行きと違う路線を走っているような気がする。感覚的なものだが、景色が圧倒的に行きより「いい感じ」なのだ。日本でいうところの新幹線と在来線の違いだろうか。フィレンツェへ向かうときは山火事の後など荒れた景色を見たのだが、ローマへ向かう景色は優雅な農村と山野であった。やっぱり気のせいか。
 ローマにもどってきた。(いつも緊張感の漂う)テルミニ駅から、一泊目とは反対側(東側)のホテルを予約してあった。日本で予約したそのホテルは完全な駅前ビジネスホテル風で非常に殺風景。それに10ユーロのデポジットをとられる。部屋も狭かった。最後の宿になるそのホテルとしてはちょっとがっかりである。やはりローマの宿は鉄道駅から離れた場所の方がベターか。
 夜は地元でも評判のかなりスノッブな酒屋併設のワインレストランへ向かう。さすがにユーロ高だけあって高額な出費が予想されたが日本でこんな雰囲気のところに入ることと考えるとそれほどでもない。(イタリア人は日本人からみると全員お洒落に見えるのだが)客層もややお洒落な感じである。味が絶品かどうかは我々の舌では判断しかねるが、雰囲気はいいところであった。いろいろなワインをグラスで飲むことができた。酒屋併設なだけのことはある。お土産にワイン、と隣の酒屋へ酔ったが、ここはさすがにユーロ高の効果が大。高くて買う気がしない。酔っ払ってホテルへ帰る。(ヨーロッパの夏なので夕食後もまだ日が高い)

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