2010.02.07

2008英国の旅16「南アワイン」

 もはや2010年になっているというのに、2008年の旅行記は続くのである。前々回からのつづきである。
 
 バイブリーで夢のような風景を満喫した我々はスワンホテルに戻った。
 まだ明るい時間であったがホテルの一番奥のレストランで夕食をとった。チェックイン時に食事時間を伝えたはずだったが、何か手違いがあったのか、スタッフには伝わっていなかったようである。でもガラガラだったので、予約はなくとも問題ない。中世的なホテルの外観とは印象の異なる近代的な内装のレストランで一番乗りの食事をした。
 やはり地域でも人気のホテルだけあって食事は美味しい。さっきみた美しい景色もあいまって、おそらくテンションが上がっているのもあるかもしれない。食事に先駆けて注文したワインが南アフリカ産のそれほど高くない(でも円安のせいで円換算すると非常に高い)ワインだったのだが、(気分のせいもあるが)今まで飲んだ白ワインの中でいちばん美味い!というものだった。妻は普段はワインを飲まないのだが、少し良いペースで飲み進んでいる。釣られて私のスピードは更に上がってしまっている。でも美味しい。ということで、都合2本のワインを空けた。家で飲むならまだしも、二人で外食する際、2本のワインを空けるのは我が家としては珍しいことである。そのくらい美味かった。
 銘柄を覚えておこうと写真をとったのであるが、暗い間接照明と酔いのせいで完全なピンボケ。
 そして部屋へ戻ると私は瞬く間に爆睡したのであった。つづく。

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2010.01.20

「老い」もなかなかいいもんだ

 このブログをはじめた頃は、まだ30代前半の若手中年だったのだが、今やすでに前厄の完全中年になってしまった。昔は老いに対してマイナスの感情を持っていたことは否めない。しかし、実際に歳をとってみると、意外と「悪くない」のである。
 中年世代が居心地がいいのは、ひとつに人口構造的に我々が中心世代であり続けているというということもあるだろう。古今東西、フツーは若者が先端文化の中心であるが、少子化によって、いつでも我々世代を中心としたマーケティングや情報発信が行われているような気がしてならない。40歳前後の世代と言えば完全なオッサン、オバサンのはずだが、最近は男女とも若々しく美しいヒトが多く、それほど「枯れた」存在でもなくなってきている。
 老いが悪くないのは、若いころよりいろいろなもの、特に自分というものが見えてくる、というところが大きい。若者は自分が全知全能であると勘違いすることが多い。私もそうであった。いわゆる「大人はわかってくれない」とか「自分のほうが物事を知っている」という感覚である。ところが齢を重ねると、「何も知らない」自分に気づいてしまうのである。そしてもっと「学びたくなる」のである。今や、新しい知識を吸収することが楽しくて仕方がない。子供のころの学習と、歳をとってからの学習は質に大きな変化があるし、楽しさも違うのだ。
 もうひとつ感じるのは、大人の1年と子供の1年ではスピード感覚が違う、ということからくる時代感覚である。子供時代に学ぶの「歴史」は、教科書の中の大昔のはなしであった。しかし、10年があっという間に感じられる中高年世代になると、10年、20年がとても最近の過去に感じられ、そこから連続して遡った「歴史」が非常に身近なものに感じられるのである。
 たとえば、昔のはなしだと思っていた「終戦」である。自分が生まれてから現在までの時間の方が、終戦から自分が生まれるまでの時間より長い!という現実は、それが遠い昔でなかったと感じるのに十分である。時代劇の中のはなしだと感じていた江戸時代なんて、たかだか数百年前だったとすると、おそろしく現代のわれわれの時代と「近い」歴史だということになる。
 お年寄りが歴史にアツくなるのは、こういうところから来るんだろうか。

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2009.12.27

2008英国の旅15「いちばん美しい村ふたたび」

 ブロードウェイのタワーから麓の町におりるのは下りだけあって、意外と早かった。そのまま駐車場へ戻り次の目的地、コッツウォルズの人気観光スポットであるボートンオンザウォーターを目指した。
 歴史のある観光地ボートンオンザウォーターは到着してみると、日本の一般的な観光地のように非常によく整備されており、なぜか非常に近代的な感じのするところであった。中心地である川の水辺にお店が整備されているほか、外れには町のミニチュアモデルが展示されている公園もある。
 一般道を高速走行(でも地元の車にたまに抜かれる)で南下。スムーズにバイブリーに向かう。来た道とは異なり、バイブリーの裏手からスワンホテルを目指した。やや太めの道路から、バイブリーの標識を見て細い横道に入った。途中住宅地と農地の間の狭い道を馬に乗りながらもう1頭の馬を手綱で引く人が道路を歩いていた。つまり二頭並んで歩く馬の片方に人が乗っているという状況である。我々の車が後ろから近づくと道を空けてくれた。馬をよけて、数分車を走らせると、すぐに今夜の宿泊地、スワンホテルの横に出た。
Swan_2
 本日も晴れたり雨が降ったりとめまぐるしく変わる英国天気である。ホテルに到着した時は曇り時々小雨の状況。
 チェックインを済ませ、フロントから階段を上って一番奥の方の部屋を案内された。部屋のキーホルダーはスワン型だったと記憶している。部屋はちょうど良い広さで、窓辺には近くの水源から採取したらしきミネラルウォーターの瓶が二つ、ダブルベッドにはテディベアがお休みになっていた。窓からはホテル所有の庭園が見え、非常にメルヘンチックでかわいらしい部屋であった。
 今日は山に登ったり自動車をぶっとばしたりしたので、疲れもあって少し部屋で休んだ。しばらくすると天気が回復して青空が見えてきた。ちょっと外まで行ってみよう、ということで部屋を出た。フロントの人に聞くと、宿泊者は前の庭園に自由に入っていいとのこと。誰もいない庭園に二人で入っていった。
 非常に静かなところで、趣のあるホテルと庭園の植物と静かな川の流れが美しいハーモニーを織り成している。安らいだ気持ちになれるところだ。日本で言えば、夏真っ盛りの季節だが、気温は20度を下回る程度で、爽やかな陽気である。
 ふと、今までの晴れた空から通り雨が降り注いできた。慌てて庭園にある東屋で雨宿りをした。文字通り英語でシャワーと言うのがふさわしい雨であった。
 すると、日の光に照らされた雨が、宝石のようにきらきらと輝き出し、この世のものとは思えない美しい光景が我々の目の前に展開されたのである!!ただでさえ美しいバイブリーの風景がまるで夢の世界のようになってしまった!
Swan2_2

 午前中「今回の旅はここ(=バイブリー)を訪れるためにきたようなものだ」という話をしたばかりだが、午後もまた美しい景色にしてやられてしまったのである。写真ではなかなかその感動は伝えられないのであるが(写真技術がないため)・・・。つづく

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2009.11.22

2008英国の旅14「イギリスのブロードウェイ2」

 イギリスのブロードウェイはのどかで落ち着ける町である。中心はハイストリートという通りで、かわいらしい店舗が並んでいる。
Broadway1
 コッツウォルズの代表的観光地のひとつだが、観光客はそれほど多くは歩いていない。
Broadway2
 とりあえず、ここのランドマークはブロードウェイタワーだということで、我々夫婦はタワーを目指すことにした。しかしタワーのだいたいの方向はわかるものの、駐車場から確認できたタワーが、ハイストリート付近では見えなくなったりと、かなり遠いところにあるようである。それもそうだ。山の上に立っているのだから。
 ぶらぶら歩いてタワーへの道を探していると、トレッキング仕様の格好をした方々が、住宅地の間の道を行くのが見えた。どうやら山はそのあたりから登るのだろう、と目ぼしをつけて、我々も後に続くことにした。その方々は老夫婦に見えたが足が速く、あっという間に先に行ってしまった。
 登っていく道は登山道やハイキングルートというよりは、フツーの牧草地であった。学生時代に上った湖水地方の丘は比較的平坦だったが、ここは明らかに頂上を目指して登りが続く。全く登山を想定していない我々(特に妻)には結構つらい。登るにつれて妻が音をあげかけて言う。「これって頂上まで実は車でいけるんじゃない?」まさかこんな牧草地の真ん中に道が通っているとは思わない、と一笑に付した。
 それほど高い山ではないが、さすがに中腹まで登るとふもとの景色は壮観である。しかしタワーはあいかわらず見えてこない。この道でいいのだろうか?
Broadway3
 頂上に近づくにつれ風が強くなり、いかにもイギリスの丘の上、といった風情になってくる。目の前に見えてきたタワーはそれほど大きくはなかった。有料で中に入ることもできるのだが、入らなかった。入って見ても何メートルか視線が高くなるだけでは?ということで。実際には中は博物館にもなっているらしい。だが少なくともここの山頂はこのあたりでは最高の標高であるらしい。山頂の強風を浴びながら、午前中にスーパーで買ったサンドイッチを二人でほおばった。美味い。
Broadway4
 タワーの裏には小路があり、我々より更に軽装の家族連れが歩いてきている。
 そう、すぐ裏に駐車場はあったのである!

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2009.10.31

2008英国の旅13「イギリスのブロードウェイ」

 バイブリーでスワンホテルの今夜の予約を終えた我々は、車を北方に走らせた。ストウオンザウォルドを過ぎたあたりで、大きなスーパーを見つけたので車を停めて買い物。水と地図とサンドイッチを購入。いよいよはじめて道路地図の購入である。ややこまか目の地図購入で、今後道選びは迷わずに済みそうである。地図の値段はスーパー価格だけに、A4サイズのもので£6.99が£1.99へ割引!とあらかじめ表紙に印刷してある。とにかくお安い地図を手に入れたのである。トータルで£8.23のお買いもの。
Map_2
車を更に走らせ、ブロードウェイという町に到着し、公営らしい駐車場に駐車し、徒歩で町を散歩した。
のどかな町であるのだが、この場所の観光名所、ブロードウェイタワーが見えない。どうやら丘を登っていかなければ見ることができないようだ。17世紀から続くハイストリートの観光をそこそこに、二人で丘を登ることにする。つづく。

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2009.10.12

連休に近況を語る(珍)

このブログで日常を語ることはあまりないのだが、今日は近況を日記風に語ってみる。

ちょっと前は自転車にはまっていて、休日はクロスバイクで都内を徘徊する日々であったが、最近は休みと言えばジョギングばかりしている。ここらへんは流行り物をおさえているのである(?)。
10月の連休に朝早く起きた私は、天気が非常に良かったのでふと思いつきでジョギングに出かけたのであった。河川敷を走ること3時間超、結果的に30㎞以上を走ることになった。走りだしは1㎞6分程度のなめらかジョギングペースで、さわやかな秋の空のもと、快適なランニングを続けた。20㎞までは、過去に走った経験があることもあって、非常に快適なペースであった。とても楽チンである。だいたい、フツーに走っている市民ランナーは余裕で抜いていく。気持ちいいねぇ。
しかし、20㎞というのが自分のスタミナの限界であったらしい。あるポイントから急速にスピードを落としてしまい、後半はフツーの市民ランナーに次々抜かれていく始末。最終的に手足が動かず、普段歩くスピードより遅くなってしまう。全く水分補給もしていなかったので、とてもつらかった。家までの残り5㎞で、手もしびれてきた。酸素が足りない。それでも家には無補給で帰ろう、と自分なりのルールを決め、はうように走って何とか家に帰って来れた。40歳間近でこのおっさん何してんねん。家に帰るや否や水道水にスポーツドリンクの素を溶かして1ℓ一気飲み。うまい!
高校時代の競歩大会で50㎞歩き込みで走ったことはあるけれど、ノンストップで走り続けて30㎞以上は初めてである。途中膝裏の筋も痛くなりつつも惰性で走り続けた。自分を褒めてやろう。
おかげで直後から歩くのもままならないほど下半身が痛い。運動不足のおっさんの常道である。
連休の翌日は手作り餃子を自作。目分量でいろいろ混ぜたが、予想に反してめちゃくちゃ美味い。フツーに店の味だった。まぁ、こんな感じの連休ですな。

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2009.09.24

2008英国の旅12「いちばん美しい村」

 結局夜が明けてみて宿にあった地図などをみると、泊まった場所はサイレンセスター郊外のEWENという村(集落?)らしい。
 昨夜はあんなににぎわっていたWild Duck Innのレストランだが、朝食時には我々ともうひと組の客しかいなかった。本当に地元の酔客に愛されているパブ&レストランだったのが伺える。宿代は£110であった。まぁ、歴史ある建物としては妥当だろうか。
 泊まっている場所の位置関係がよくわからず、地図もカーナビもない場所なので心もとないのだが、今日はコッツウォルズの代表的な町、村を車で回る予定である。宿泊先はまだ決めていない。
 郊外の道路はすいていてストレスを感じない。地図はないものの、まずはいちばん近いバイブリーに向かうことにした。道はそれほど難しくなく、相変わらず日本と比べると高速で一般道を車をすすませ、あっという間にバイブリーに着いた。 ここバイブリーはあのウィリアム・モリスが「イングランドでいちばん美しい村」といった村である。しかし残念ながら私はそのウィリアム・モリスを詳しく知らない・・・。
 曇り空の中、中心を流れる川の傍に車を停めるスペースがあったので停車した。他にも何台か車を停めていたが、ほとんどが初老の男女で、これからハイキングか釣りにいくらしい格好をしていた。川には水鳥が泳いでいる。目の前を有名なスワンホテルが鎮座しているが、それほど大きくはない小さな集落である。数少ない建物の他は、湿地や庭園、樹木など、おおいに自然を感じるのどかな風景である。
 川沿いを100メートルほど歩くと、アーリントン・ロウと呼ばれる家並みがある。本などを読むと、14世紀頃、羊小屋として建てられたものが、やがて居住、生活用に使われるようになった一般家庭の家屋のようである。とてもかわいらしい建物たちであるが、我々がそこに差し掛かった時、今までの曇天が急に晴れ渡り、やさしい日光が降り注いできた。前回イギリスを旅行した時も思ったのだが、一般的に曇り空ばかりのイギリスの風景に、一瞬きらきらとした日光が差し込む時、風景が劇的に美しく見えるのである。今回もその家並みと、近隣の自然と、日光が一体となった時、あまりにも美しくなった光景を見て妻にこう言ってしまった。
 「今回の旅行はこの風景を見るために来たようなもんだね。」←きゃーっ!
 妻も黙って頷き、同意していた。
Bibury1_2
 さて、そんな光景に興奮していた我々であるが、その近くでも(私の勤める会社の年上の派遣社員の方に似ている)女性が熱心に写真を撮っていた。てっきり日本人かと思ったのだが、彼女が英語で「写真を撮ってもらえますか?」と声をかけてきた。その美しい風景をバックに彼女の写真をとって差し上げた後、お国を伺うと、マレーシアの方だという。昔は海外旅行で出会うアジア人と言えば日本人、中国人、台湾人、韓国人あたりが相場だったが、今はいろんな国の人に出会うもんだ。日本人少ないし。
 十分美しい景色を満喫した後、次の町(村)に向かおうとしたが、妻が「バイブリーはすてきなのでここに泊まろう」という提案をしてきた。確かにそれに異論はない。さらに昨日宿泊で心配をかけてしまったという負い目もある。しかし代表的なホテルと言えば目の前にあるあのスワンホテルになってしまう。値段も高そうだし、当日申し込みで果たして泊まれるのだろうか?しかしまだ午前の早い時間である。チャンスはあるかもしれないのでフロントで申し込むとあっさりオーケー。ただし週末料金ということで£185という高額(?)料金であった。学生時代の旅の印象から「イギリスの宿泊=安い」という固定観念を持っている私としては、2008年夏の円ポンドレート換算からするとかなり痛い出費ではあるが、日本の高級ホテルに泊まったと思えば安いのかもしれない。帰国後のカード精算を心配しつつも、また夕方チェックインすると伝え、次の町に車を走らせたのであった。つづく。

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2009.08.30

2008英国の旅11「宿がない」

 ストーンヘンジを後にして西へ向かう。その日はバースか近隣の小さな村にとまりたいという漠然としたプランはあったが宿の予約はしていない。あいかわらず道路地図がないが、標識の行き先表示を頼りに車を走らせ、ほぼ迷わずに夕方バースへ到着した。バースは結構な観光地らしく、街も大きく、道路は渋滞している。車に乗ったまま市内をぐるぐる回ったが、手ごろな宿が見つからない。
 夕方6:00を過ぎたが、夏のため、日本でいったら4:00くらいの明るさである。なんとなく宿がとれないという不安も出てきたが、もう少し「田舎へ泊まろう」ということで、バースを出ることにした。
 しかし、行けども行けども田舎道には宿がない。偶然郊外で宿を見つけたが、満室とのこと。俗っぽいレストラン兼宿みたいなところもあったが、風情がないのということで妻が拒否した。そうこう車を走らせているうちに、なんとか、学生時代からのあこがれの地カースルクームに到着。町の中心部から数百メートル離れた公営駐車場に車をとめ、軽くカースルクームの観光をした。あこがれの場所だったはずなのに今夜の宿の不安であまり楽しめなかった。小さな町で、当然ここでは宿がとれない。あまり歴史的な街並みを味わう精神的余裕がなくなってきた。
このまま宿がとれないのではないかという不安にさいなまれ、心配は増していく。
Castle_combe
 カースルクームを出て、次はサイレンセスターへ向かった。まだ明るいが、時間的には夜なので人も歩いていない。やはりここでも手ごろな宿がみつからない。以前電車でイギリスを旅したときは、駅からぶらりと歩けばB&B街があったり、ツーリストインフォメーションがあったりと、宿探しは意外と簡単だったが、車での宿さがしって、意外とうまくいかないものだ。一人旅なら野宿を含む選択肢があるが、妻帯旅行では無理である。
 サイレンセスターの街を二三周まわっているうちに、郊外の畑地帯に出た。どうしよう、このまま宿は見つからないのかと焦燥感のみ高まっていくなか、Wild Duck Innという標識を発見。Innというからには宿もあるだろうということで、最後の望みを託して車を走らした。もう時間は8:00を過ぎていたが、まだぎりぎり明るい。
 標識を頼りにそこに到着すると、いかにも中世的な歴史と味わいのある建物で、車がたくさんとまっていた。レストランらしきところから談笑と明かりが漏れている。
Wildduck
 ホテルらしき施設もあるようだが、フロントがない。少し酔った男性が出てきたので、ホテルのフロントがあるかと聞くと、「私も客だけど、バーのカウンターで聞けばわかると思うよ」とのことだった。バー(正式にはPUB?)の客らしい。ドアを開けると、正面はパブになっており、大勢の客でにぎわっていた。スタッフに聞くと、宿泊は可能という。それも普段高い部屋にいちばん安い部屋の値段で泊まれるという。
 やった!今夜のベッドは確保できる!正直どこでもよかった・・・。宿探しを始めて4~5時間。やっと本日の旅路が終了。パブ兼レストランで夕食。不安からの解放と疲労からか何もかも美味しい。あまり綺麗ではないが、味わいのあるレストランで夜遅くまで地元の人でにぎわっていた。
 当然酒を飲んでいるからほとんど宿泊客だと思っていたら、深夜までに車とともに人は消えてしまっていた。9割以上飲酒運転。
Wildduck2
 宿泊した部屋は床が傾いて(!)いたが、給水設備などはフツーに使えてそれもご愛嬌ということで。非常に建物は古そうだったし、部屋から見える中庭などは、趣味にあっていて満足であった。

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2009.07.20

2008英国の旅10「ストーンヘンジ」

 地図もカーナビもないのだが、道路標識をたよりに車を進めたら、農地か牧草地らしき平原の真中にぽつんと環状列石が見える。ストーンヘンジに着いた。石から少し離れて、観光バスやら乗用車の止まる駐車場がある。
Stone_3


 石から道路を挟んで駐車場があり、トンネルをくぐって見学する形式であった。駐車場は舗装部分と未舗装の平原部分からなっていて、駐車料金をとられる。3£。広いスペースのあった未舗装部分へ車を止めた。農場らしく、馬糞か牛糞のにおいがする。
 ストーンヘンジ自体は、お金を払わずとも、フェンスの外側から鑑賞することも可能だが、広い農地の中に存在する故、片側からしか見られないのだ。お金を払えば、ストーンヘンジを全方向から眺めることができる。6.5£の料金を払って入場。駐車場料金はストーンヘンジに入場すれば戻るようだというのを後で知る。
 現在、石には直接触れることはできず、まわりをぐるっと歩くだけである。ほぼ想像していた通りの大きさ、外観である。冷静に考えれば古代人の石の使用目的に想いをはせることができるが、神秘的と言う意味では、日本の飛鳥界隈の石の方が不思議感は強い。それでもイギリスを代表する観光地だけあって、観光客は多い。
 小雨が降ってきた。イギリスらしい。売店のサンドイッチで昼食。
 ストーンヘンジを後にして、午後は今日の宿泊先を探す旅にでかける。しかしここから、この旅で一番苦労した半日が始まるのである。つづく。

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2009.06.03

カラスに教えてもらうゴミの出し方

 都会ではスズメが減ってきている、といった情報もあるらしいが、あいかわらずカラスは結構な数がいるようだ。カラスは見た目もおっかないし、子育ての時期は巣の周りで人を威嚇することもある。昔は夕方になると哀愁のある泣き声で七つの子が待つ巣に帰る、という風情を感じられる鳥だったものだが、今は都市部で人間と敵対する存在になってしまっている。
 カラスが人に近づくのはヒトが出すゴミを食料として狙っているからだ、と言われる。そこで、ゴミの出し方について現在一般的に行われているのが「カラス除けネット」という網で、ゴミを覆う方法である。
 カラスは鳥の中では頭のいい方なのだろう。先日衝撃的な光景を目撃してしまった。通勤途中の近所の路上でのはなしである。なんとあのハシブトのくちばしで、器用にネットをめくりあげ、中に入って生ごみを引っぱり出し、フツーに食しているではないか!!!
 つまりカラス除けネットは多少の牽制効果はあるのかもしれないが、頭のよいカラスを完全に生ごみ食から遠ざけることはできないのである。
 そしてもう一つの疑問である。それは、なぜ日本人は斯様にゴミを出すのか?ということだ。日本の都市は世界的に見ても非常に清潔である。いくつかの先進国を旅してきたが、都会のゴミのなさは世界に誇って良い。行政や民間の清掃、ゴミ管理が徹底し、一般人のモラルも高い結果であろう。しかし前述の「ゴミ出し」だけは、こうした清潔国家には相応しくないのではないだろうか。
 袋に入ったゴミをそのまま路上の「集積所」に放置するスタイルである。そんな無防備な方法ではカラスが食い散らかし、道路をゴミだらけにすること必至である。逆に日本よりやや清潔度で劣る先進国都市でも、こんなゴミの露出放置プレーはあまり行われている記憶がない。せっかくの日本の都市の美観も、このゴミ出しのせいで台無し状態であると言える。
 これからのあるべきゴミ出しは以下の方法である。是非みなさんにご検討いただきたい。
 まずは屋根やドアのある集積所にゴミを出すこと、それが叶わない場合は、集積所にフタのある大型のゴミ出しボックスを設置すること、それも常設する場所がとれない場合は、ポリバケツのように、フタのある容器を個人が用意すること、などが考えられる。美観と、カラス対策との二面から、ゴミを露出させない、という考え方だがいかがだろうか。

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2009.05.24

2008英国の旅9「レンタカー」

 結局レンタカー屋へはスウィンドンの駅からタクシーで行くことにした。ドライバーにレンタカー屋の住所を伝えると、すぐわかったらしく、仲間のドライバーに(いつものところといった体で)「ハーツ行ってくるよ!」と声をかけていた。
 我々を乗せたタクシーは一路郊外へ向かったが、複数のランドアバウトでぐるぐる回っているうちに方向がよくわからなくなり、後で同じ道を行けと言われてもどちらの方向なのか思い出すのが難しい。
 10分ほどでレンタカー屋に到着。
 拙い英語でも日本で予約してあったので、手続きはことのほか順調。現地でフルカバレッジの保険に加入(24ポンド)。車種はオートマのコンパクトカーをお願いしていたが、ルノーのメガーヌであった。日本でも売られている車である。
 簡単な道路地図をレンタカー屋でもらおうという魂胆だったのだが、イギリス南部のとても広域な地図しかなく、スウィンドンはおろか近隣の細かい道は全くわからない。結局地図もなく、日本ではレンタカーにも結構ついているカーナビなどもなく、地図のない初めての海外ドライブのスタートである。 
 更に私、もともとペーパードライバー歴10年くらいを誇るだけあって、車を購入した現在でも運転は苦手。さらに海外ということもあって、とても緊張するのだ。
 特に困惑しているのはイギリスやオーストラリアでおなじみのランドアバウト。信号のないぐるぐる交差点である。事前に本などで調べていたものの、入るタイミング、出方がよく会得できないのである。
 恐る恐る運転をし、高架の道路が見えたのでたぶん高速道路だろう、ということで、乗り込んだ。乗り込んでみたら行きたい方向とは逆へ向かう車線。北へ向かっているようだ。でもそうしたでかい道路にもランドアバウトがあるので180度方向転換も可能。とても便利である。踵を返して南へ向かう。その道路、見た目は日本の高速道路で、車もびゅんびゅん飛ばしているものの、後で調べたらただの国道であった。当然無料なのだ。
 今日の最初の目的地はストーンヘンジだ。高速のような国道から横道にそれ、一般国道へ。道路の脇には農地が広がるが、生垣のような高い木が植わっており、動物以外は飛び出しの危険はなさそうである。そんな田舎道をイギリスの車は100km近くで飛ばしている。
 途中道路脇に「戦車に注意」の黄色い道路標識があったが、本当に対向車に戦車が走ってきた。基地の近くらしい。注意しろといわれても・・・。つづく

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2009.04.03

2008英国の旅8「スウィンドンへ」

 いよいよ今回のイギリス旅行の核心に入る。
 ロンドンの朝はイギリスへ来てはじめての曇り空。そして今日ははじめての海外ドライブの日である。ロンドンは渋滞はするし、いろいろな規制も厳しいらしいので、郊外のスウィンドンという都市まで電車で行き、そこでレンタカーを借りて行く、という方法にした。スウィンドンという街は全く観光地ではないし、昔ちょっとだけ流行ったXTCというグループの出身地という以外に全く馴染みの無い地名であったが、今回にドライブエリアとの距離がロンドンから微妙に「いい感じ」だ、という理由で出発地に決めた。
 ロンドンのパディントン駅でスウィンドンへの往復切符を買い、列車に乗り込む。何と駅は自動改札機つきで、昔のように、自由にホームに出入りできない状況になっていた!この自動改札、切符を入れてもノロノロ歩いているとあっという間にドアを閉められる。私も後を歩いている妻を見てノロノロ歩いていたら、ドアに挟まれた。
 列車はガラガラだった。ヨーロッパのターミナル発の列車にありがちだが、先頭の方が空いていて、後方の駅舎に近い側が混んでいると言う塩梅である。
 イギリスらしい(!)曇天の中、郊外へ向かった。昔と違って鉄道会社が完全な私鉄になっているようだった。
 スウィンドン駅に到着。真夏ながら時々小雨の混じる寒々しい天気。駅前も非常に寂しい。もちろん観光地ではなさそうなので、人も少ない。レンタカー屋は駅から2㎞くらい離れているらしいので、歩いて行くか、他の交通手段で行くのか、手段を考えなければならない。とりあえず駅前のショッピングセンターにツーリストインフォメーションがある、との事前情報をもとに、うろうろとショッピングセンターを探した。
 駅前をまっすぐ歩き、最初の丁字路を左に曲がるとバスターミナルがあった。日本のバスターミナルでも良くあるが、行き先表示を見てもその中間地点にある目的地に着けるかがよくわからなかった。バスをとりあえず保留して、丁字路の逆の右側に行き、オフィスビルの隙間をぬけ、何となく高架下をくぐると、そこはショッピングセンターだった。駅前の寂しさとは反対に、結構なにぎわいのある、日本のアウトレットモールのような大型の郊外型ショッピングセンターであった。駅前からはさっぱり見えないのだが、電車より車で行くところだからだろうか。
 ショッピングセンターに入ったものの、iが見つからず、キョロキョロ案内表示を見ていたら、いかにもイギリス紳士な老人(70代から80代くらい)が、「何をお探しかな」と声をかけて来てくれ、インフォメーションへの行き方を教えてくれた。温かいホスピタリティである。インフォメーションは駅側の入り口からすると正反対にあるらしく、結構(数百m)歩いて到着。そこで地図をもらい、レンタカー屋への行き方をスタッフの人に相談したが、結局歩いて行くには遠すぎるのでタクシーで行くのが良かろう、という結論になった。つづく。

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2009.03.17

2008英国の旅7「ロンドンの定番その3」

 蝋人形館を出た我々は、喉が渇いていたので、パブで1パイントのビールをまた飲んだ。そこから大英博物館まで歩くことにした。少し距離はあったが、辺りはいかにもイギリスらしいフツーの街並(OASISのモーニンググローリーのジャケットのような風景)が続き、何故か気分が良い。
 大英博物館までやっとこさ着いた。人影もまばらだったが、ゲートは開いていたので入ろうとすると、係の人から「今日はもう終わり」と言われ、押し返された。ガイドブックではその曜日の閉館時間は夜8:30となっていたのだが、あっけなく夕方に閉館。まぁ、15年前に来て「盗人の倉庫」といったニュアンスでこのブログで悪く言ったこともあるし、以前感動した文書展示は今回図書館の新館で見たので、また次の機会に来るとする。(いつ?)
 ところで、日本語ではこの博物館のことを大英博物館と呼んでいるが、英語表記はThe British Museumである。グレートブリテンと言っているのならわかるが、どこにも「大」の部分がないのである。なんか「大英」の方が展示に期待が持てそうな気がするし、実際展示品も「大英帝国」の盗品で構成されている。でも本当は「英国博物館」、くらいのニュアンスなのではないだろうか。
 ホテルの近くへ戻ってパブへ入って夕食。この辺りでは繁盛している店らしく満員に近い。一階で食事する場合はキャッシュオンデリバリーなのを忘れていて、ずっと席で待っていたら、優しい店員のおにいちゃんが「食事の注文はカウンターで」と教えてくれた。昼も夕も夜もビールでこの日の食事を終わる。

 半年以上かけて2008年イギリス旅行を書いているが、まだ旅行2日目にすぎない(笑)。この旅のメインは、次の日から始まる、郊外のドライブ旅行なのである!!!!こうご期待。

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2009.02.11

ひっそりと5周年

 今日2月11日は祝日である。どうでもいいことだが、2004年2月11日はこのブログを始めた日なのである。というわけで、ひっそりと5周年である。毎日のようにブログを更新していた2004年当初と違い、最近は月1更新なので、祝ってくれる人もいない静かな「誕生日」だ。
 2004年当時はブログ自体がまだ草創期にあったので、小さなコミュニティの感じがあり、このようなブログにもコメント書き込みやトラックバックが多数あったのがなつかしい。
 半ばアル中気味だった5年前と比べると、この5年間で資格をとったり、家を購入したり、人脈が広がったりと何だかんだいろんなことがあり、自分も変化しているのがわかる。歳をとると1年が速く過ぎると感じるが、ブログを通じて5年を振り返ると、5年前がけっこう昔だとも思える。5年間の一番大きな変化は、苦手だった文章を書くことが上手くはなっていないものの、格段に速くなったことである。
 これからも気長に「ブログにしては重い文章」を更新して行く予定である。
 

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2009.02.08

2008英国の旅6「ロンドンの定番その2」

 更に定番コース散策は続く。
 衛兵交代を観た後、歩いて東へ移動した。セントジェームズパークは、15年前の秋に来たときはリスがたくさんいたが、今回は水鳥しかみかけない。季節のせいだろうか。
Stjames_2


 さらに歩いてダウニング街へ。もっとオープンな場所なのかとイメージしていたが、やっぱり大国の首相がいるだけのことはあって、街路ごと鉄策で覆われていた。
Downing_2


 このあたりは政府の施設が集中しているが、中東のどこかの国にかかわる何かのデモがおだやかにおこなわれていた。
 続けてウェストミンスターブリッジを途中まで渡り、ビッグベンを眺める。この辺りは観光シーズンだけあってものすごい人だかりである。15年前との違いは大観覧車ロンドンアイがあることぐらいで、ほとんど雰囲気は変わっていないようだ。
 腹が減ったので、近くのパブの二階でビールつきのランチふたりで25ポンド。続いてウェストミンスター寺院へ入る。記憶違いかもしれないが、昔と今で入口の位置が変わった様な気がする。ヨーロッパにはゴシック建築の教会が沢山あるので、他のところと勘違いしているのかもしれないが。
 続けて地下鉄に乗ってマダムタッソー蝋人形館へ。なんてまた定番なんでしょう。でも蝋人形館は前回の一人旅では行っていないので初体験である。
Madame_2


 人形が並んでいるだけのこの施設もやはり入場は大行列の人気スポットであった。チケット購入の列は建物の外に並ばず、店内で並ぶシステムである。待っている間、いかにも学園祭の模擬店のような素人っぽいDJがいて、待っている人を飽きさせないように音楽をかけている。その合間に、「どこから来たの?」的なインタビューをする、という塩梅である。なぜかアジア人がいなかったので、私がインタビューされてしまった・・・。
 蝋人形は思ったより良い出来だが、最近のスターほど知らん人が多い。さすがにスターだけあって、当然知ってるやろ、ということで、どこにもネームプレートなど出ていない。知らんし。
 蝋人形館の後半は「恐怖の館」になっている。恐い方はそこをスルーする抜け道も用意されています。狂人を演じるスタッフが客を脅したあと、学園祭のお化け屋敷クラスの演出が待っている(人が変な声を出して暗闇から突然出て来て脅す)。ここの施設はアメリカや日本のテーマパークを見慣れた目線からすると、すべて「学園祭っぽい」のが特徴だ。でも何か楽しい。
 最後はふたりがけのロンドンタクシー風の乗り物に乗って、ロンドンの歴史を眺めるイッツアスモールワールド的なツアーで〆である。楽しいが、途中安全装置が作動したのか、乗り物の運行が止まってしまった。ちょうど我々の止まった位置が水を吹き出す人形の下だったので、いっぱい水を浴び続けたのであった。つづく。

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2009.01.07

正月、兵庫県某所にて

 新年あけましておめでとうございます。というのには少し日数が経ちすぎているが、今年はじめての更新である。
 タイトルにある通り、兵庫県某所で生まれてはじめて体験したエンターテインメントについておはなししたい。
 それは、あの宝塚歌劇である。東京宝塚劇場は建物やファンの皆さんを横目で見ながらも今までいちども入ったことはなかった。あの女性が男性を演じる様式美に対して、食わず嫌いをしていたのは事実である。それが、本場兵庫県某所(まぁ、宝塚市の宝塚大劇場なんすけど)にて、正月から本場物を見る機会に恵まれたのである。
 先入観から、宝塚を好きな方々というのは、どことなくメルヘナーな女性の方々ばかりかと思ったが、観劇しているのは比較的品の良いフツーの女性達が多かった。劇場も赤絨毯に真鍮の手すりといった、ゴージャスな内装である。特定のトップスターにカンパ(?)を求める応援の方などもいて、劇場内はこの歳になってはじめて見ることばかりである。思いのほか、女性に連れられた男性客も多く(私もそのひとり)、男性だけのグループ客もいた。
 席はいちばん安い席であり、出演者のメイクされた顔をぎりぎり見分けられる距離であったが、正直ここに感想を言おう。
 感動した。
 正直観る前は、笑ってしまったり、寝てしまったりするかと予想していたが、ミュージカルにあまり馴染めない私でも素直に感動したのである。
 ものすごく訓練された歌とダンス。生半可な練習量でないのが伝わってくる。そしてきらびやかな演出は完全に夢の世界へ連れて行ってくれるのであった。本物とはこういうものだね。長年にわたり、多くのファンに支えられてきたのがわかる。また観たくなったので、こんどは手近に東京の劇場で観てみようかと思う。

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2008.12.13

カリスマ社長

 テレビのドキュメンタリーや、ニュースの特集記事コーナーなどで、昔から気になっていることがある。その業界では俗に「カリスマ」と呼ばれる様な経営者に関しての取材で、よく見られる光景のことである。
 例えば、飲食店や、小売店の社長が手がけるお店がオープンするまでのドキュメンタリーで、開店直前に必ずと言っていい程トラブルが発生する(もしくはあえてトラブルを発生させている?)のである。その場面でそのカリスマ社長は従業員を怒鳴りつけ、飲食店であればメニューや味のダメだし「こんな味じゃだめだ!お客様に出せない!」を行い、小売店であればオープンまで時間がないのに売り場の全面変更を命じるのである。
 他にも製造業のカリスマ社長が自社の工場を視察し、自分の思った通り運営がされていないのを見て「なんだそのやり方は!」と激怒する、といった流れである。
 こうした場面構成は、カリスマ社長取材の定石のようなので、テレビ制作側から依頼された演出なのかもしれない。社長の「こだわり」をわかりやすく示す、という意味で従業員も社長も納得の上で演出に協力しているならあえて問題にすることはない。それならそれでいいのである。
 しかし、私が思うのは、「開店前日に従業員が必死で積み上げて来たものを転覆する社長」「自分の考えが(テレビ局が来るまで)現場に徹底できていなかった社長」というのは、はっきり言って「ダメな社長」ではないか?ということである。もしあれが演出ではなく、本当の姿だとすれば、自分の駄目ぶりを全国にアピールしていることにはならないだろうか。あのままでは我々の身近にいるダメな上司と重なり、とても「カリスマ」性があるとは思えない。
 本当に実力のある社長であれば、明確なビジョンがあり、会社としてやるべきことが現場の隅々まで徹底され、テレビ局が従業員に取材しても、異口同音に皆が同じビジョンを口にする。開店前日などは従業員の今までの努力を愛のある言葉でねぎらい励まし、みんなが「この人について行こう」という目をして現場のモチベーションが上がっている。という状態が生ずるはずなのだが。それではフツーすぎてやっぱり番組にならないのかな。

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2008.12.03

2008英国の旅5「ロンドンの定番その1」

 朝食はイングリッシュブレイクファーストであった。この宿は、通常の朝食込み料金ではイングリッシュにならずコンチネンタルとなる。フルイングリッシュを食べたければ追加料金を払わなければならないのだ。イギリスと言えばイングリッシュと考えていた自分には少しショッキングである。昔は格安のB&Bでも当たり前のようにイングリッシュが出て来たものだが、ここロンドンではイングリッシュは「特別」なのだろうか。朝食はイギリス旅行の楽しみの中でも非常に大きなウェイトをしめていたので残念である。
 それでも満腹になるまで紅茶を飲み、朝はまずハイドパークへ向かった。季節で言うと真夏なのだが、イギリスは適度に涼しくて、秋の気持ちの良い朝、という感じである。ハイドパークは、涼しくて人が少なくて超気持ちいい。ジョギングをする人、自転車をぶっとばす人、あまりにも贅沢な広さの公園。こんなところで自転車をぶっとばしたら、さぞかし気持ちがいいだろう。

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 次にバッキンガム宮殿の見学に行く。宮殿は夏の間だけ、一般に開放されている。写真撮影不可なので写真は残せなかったが、過去の王室ではなく、現在も使用されている王室の施設を見学できるというのは貴重である。ボールルームは特に圧巻であった。衛兵交代も久しぶりに観る。やっぱり相当のひとだかりだった。つづく。

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2008.11.25

2008英国の旅番外編「東京英国散歩後編」

 前回からのつづき・・・。
 コピーバンドの皆さんが1回目のステージを終了すると、何となく、相席の女性の方ではなく、後から来た外国の相席客の人と話すようになった。実は前回の伏線の通り、英語を話すチャンスがあったらしゃべったれ、という下心があったのも事実である。
 男性はセインカミュ氏とユアンマクレガー氏を足して少し年上にしたような感じの人で、我々より年下に見えた。典型的な欧米の顔つきである。服装は比較的真面目で上品な服装(シャツにセーター)をしていた。聞いてみると、イギリスはマンチェスター近郊から観光で来た人で、期待どおり(?)日本語は片言であった。我々の英語のボキャブラリーより少なそうである。とりあえず彼の日本語より我々の英語が優位に立つため、片言の英語で世間話をはじめた。
 日本人は十数年英語を勉強しても、英語がしゃべれない・・・という悩みを伝えると、「日本には日常生活に英語が溢れているし、テレビ番組や雑誌でも英語のものがいっぱいあるのに・・・」と言われた。全くである。英語を学ぼうと思えば文字ベースでは山ほど素材があるのだ。しかし話す機会は無いんだな。
 男性はC氏という名で、マンチェスターユナイテッドのファン。もちろんビートルズも好きである。年齢は我々より1歳年下だったが、双方お互いを年下だと思っていたようだ。ビートルズの好きな曲のはなしやリバプールのはなしなど、1時間ごとに行われる生演奏の合間に、酒を飲みながらはなしを続けた。片言なので、盛り上がるというのは難しいが、途切れず会話が続いた。今年の夏イギリスに行ったと話すと、どこに行ったか聞かれたのでSWINDONに行った!(後述)といったら、「スウィンドン!?なんでやねん」と言われてしまった。ランドアバウトがいっぱいあった!という話は通じたようだ。
 熱い演奏と慣れない英会話で喉がかわき、結構ビールやらアルコールが進む。夜11時近くなって、渋谷のホテルに泊まっていると言う彼と別れた。
 イギリスのスポーツを観て、イギリスの音楽をライブで聴き、イギリス人との会話。偶然だがなんてイギリスな一日だったんでしょう。次回より本編に戻る。

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2008.11.24

2008英国の旅番外編「東京英国散歩前編」

 今年夏より英国編をだらだらとお送りしておりますが、今回はその番外編。
 何となく自分にとっての英国イヤーとなっているのか、何となく先日都内でプチ英国旅行をしたような感じになってしまったので、その顛末をお送りしたい。
 冬の到来を感じさせる肌寒さを感じる秋の休日、友人Hと「英国発祥のスポーツである」ラグビーを見に行った。友人Hは学生時代の旅行パートナーであり、何故か毎年このラグビーきっかけで飲むことが多い。ここ数年は、ラグビー後は神宮外苑から徒歩で行ける範囲ということで、西麻布や新宿という飲みエリアで飲んでいたが、久々に六本木で飲むことにした(Hとは10年位前に六本木の外国人客の多い店で飲むことがあった)。
 最初に行ったのはアイリッシュパブ。アイリッシュだがイギリスと同じである。ハッピアワーだったが、思いのほかビールが高かったので、1パイントだけ一気飲みして退散。何も食べていないので思いの他ほろ酔いであった。そこでHと「英語が話せるようになりたいなぁ」という話をした。十年近く学校で英語を習い、海外旅行も行っている中年のオヤジだが、仕事や生活で使わない環境にいると日本人は英語が身に付かないものである。夕方5時前のパブはすいていたが、客も店員もほとんど外国人である。少なくとも飲み屋程度で自由な雑談ができるような語学力もない寂しい中年になってしまったのである。
 その後一軒の和風居酒屋を梯子して、次は六本木では有名な、ビートルズのコピーバンドが出演するお店に入ってみた。これもイギリスである。前々から少し気になっていたが、「僕がポールで君がジョン」的なマニアックなノリだったらイヤな気がしたので、入ったことがなかったお店である。
 7時頃入ってみるとまだ空席が目立つが、我々は一番ステージの目の前の席に案内された。店員から、「混んだ場合は相席になる」と言われた。
 しばらくすると客も入って来て、我々のテーブルは出演バンドのおっかけらしい40前後の女性一人客が相席となった。7時30分に1回目のステージ。演奏されていたバンドの方は、結構カッコいい男性(30代から50代?)の皆さんで、演奏もイイ感じである。しばらくすると、もう一人相席の客が入って来た。外国人の男性である。回りを見回すと、いつのまにか満員である。ながくなりそうなのでつづく。

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